「毒されてんな」


 自室で聴いていたヘッドホンを外し、ベッド下に落とす。
 …だめだ他の歌、全然頭入ってこねえ。サブリミナルかこれ。もはやちょっとした麻薬じゃねーの。

 ……聞きすぎて、歌詞ももう、覚えてしまった。———…歌い出しは確か、





「エイにぃ、バンドやんなよ」


 無自覚に口ずさんで、どれほどが経った頃だろう。

 突拍子もなく開け放たれた扉、そこに立つちんちくりんに目を見開いた。
 人が拒んだところで行くと言って聞かないことくらいわかってた。だから手っ取り早く承諾して今日の文化祭に連れて行った従姉妹の(りん)は、真っ直ぐな瞳で此方を凝視している。


「……おまえ、思春期の男子高校生の部屋にノックなしで入んなよ。オナってたらどうするつもりだったわけ」

「エイにぃギターやんなよ、絶対向いてるよ」
「聞けや人の話」


 さては今日の3年の演奏聞いてたな。ある程度区画分けされてはいるものの、一般観覧客が立ち入れる場所にあのチビがいたって摘まみ出す理由にもならなかったらしい。


「驚いた。今日のボーカルより、エイにぃの方が断然上手いじゃん」

「あの先輩は実力じゃなくて人脈主義だからそれでいいんだよ、世論だ世論」


 請け売りを口にして、納得させたのは、納得させたかったのは、自分自身。
 言葉にして気付いた。才があるとは思う。自分にはないもの、それは悪く言えば人(たら)しで、良く言えば、人を惹きつける能力だ。

 下手くそな演奏や歌、それ以上をその才が上回れば、小はきっと大にも、100の陣営にも値する。


「世の中にはな、持ってる人間と持ってない人間がいんだよ。で、俺は俗に言う〝じゃない方〟」
「やってもいないのに外野で半ベソ掻くのやめたら? ダサいから」


 ごもっともだった。認めようと頑なに頷かなかったのは、心のどこか一方で羨ましくて、輝かしい姿に嫉妬していたからだ。
 それを齢8歳の子どもに思い知らされるの(しゃく)に障る話で、気付いてもなおじゃあと乗り出す動機が見つからない。せめて来い、もう一声。

——————極々自然で、違和感なく、高1男子がバンドに乗り出す上等な動機。


「モテるよ」

「バイトしよ」

 そんなの、その程度で十分だ。

 よくぞ言ったと言わんばかりに奮起して、バイトして金貯めてギター買おう、と早々に切り替える。思い立ったが吉日って言葉もある。萎えないうちにやり遂げたい。何かに突き動かされるように夢中になって、誰それ構わず見返してやりたいと、後から野心ばかりが湧いてきた。