俺を貶めようとか、傷つけようとか、そんなつもりで言ってたんじゃなかったろうに。いや、そんなつもりじゃなかったからこそ、震えた。

 呼吸をするように人を傷つける言葉を放てる人間が、世界には少なからずいて。

 いざ目の前に直面したとき、いざそれが実の親だったとき、その血の半分が俺の体にあると思うと、怖気た。


「ぱぱー!」


 遠く、入り口側から届いた声に頭が真っ白になる。

 その声に男はおぉ、と身を乗り出すと、妻子と思しき二人に手を振っていた。どこからどう見ても父親の顔で、左手の薬指に指輪をはめて。

「かわいーだろ? うちの娘。4歳。そういや今日上司に挨拶しに来るっつってたな、忘れてたわ」

 期待してたんじゃない。
 感動したかったんじゃない。

 なのに。




 次第に青ざめていく俺に、向かいの男は、さぞ驚いたように首をかしげる。


「え、お前」
「…っ」

「自分が望まれて生まれた存在だって、本気でそう思ってたのか?」


 違うからね、と笑われた。命を、冒涜(ぼうとく)された。


 意識を手放す手前、顔に札をぶちまけられる。


「やるよ。どーせ金なくて会いに来たって魂胆見え見えだから。あ、でもその代わり金輪際顔出さないでくれる? お前って俺の人生の汚点なんだよ」

「…」

「なにー? まだいりますか? お客さん商売上手っすねー」


 財布に入っていた札束をポンと机上に置かれて、極め付けに馬鹿にするみたいにくしゃ、と頭を撫でられた。


「じゃーね。出来損ない」


 札束を突き返してやりたかったのに、これがあればあいつが、成美が少しでも楽になるんじゃないかと思ったら出来なかった。悔しくて苦しくて辛くて、それでもこんなのに、縋るしかないのがみっともなかった。










「…ただいま」

「おかえりー。栄介! 今日渾身のナポリタン出来たから食べてっ! あんた好きでしょ、ナポリタン!」


 浮かない顔が悟られないよう、素っ気なく目をそらす。くだらねえって笑ったら、それだけで心底嬉しそうに抱きついてくる成美が何もわかってないから、本当にばかじゃねえのって思った。