言い終える前にコップの水をぶっかけた。
「水飲んだ方がいっすよ」
下世話な笑い声超耳障りなんで。心でそう呟いたら、丁度裏から戻ってきた成美が硬直する。
「———だ、大徳さんっ!? やだびしょ濡れじゃない…っ栄介あんたがやったの!? あやまんなさい!」
「さーせん」
「栄介!!」
「いいんだよなるちゃん! ちょっと酔っ払ってたからいい水浴びになったあ〜」
酔いが回ってたのが幸いしてか(別に俺は全然臨戦態勢だったけど)、その後その客と乱闘騒ぎになることはなかった。成美にもこっ酷くお叱りを受けて、その後の一週間は店に出してくれなくなった。別にいい。働いてたってそれが俺の金になるわけじゃねーし。せいぜい苦しめババア、とその程度で。
ほとぼりが冷めた頃、それでも前の失敗がなかったみたいに成美は俺が店に立つのを許した。食器洗いばっかりだったけど。
そしてそれは週の、火曜だったか、それくらい。客足の一番少ない日で、最後に残った一人の男の客を残して片付けをしていた。
店にあるTVで、幼い頃生き別れた子どもが二十年ぶりに親と感動の再会を果たす、そんな密着取材を報道していた。探していた側は四十そこそこのおっさんで、見つけた母親はもう七十近くの婆さんで。
本当に、何気なく見ていただけだ。それを、自分に置き換えて求めていたわけじゃない。それなのに。
「調べてやろうか」
最後の客だった。
よくよく見ればおんぼろの装いに、小汚い肌。いつ風呂に入ったのかと疑う艶のない黒髪から、男が名刺を差し出した。
そこには無機質に印字された、興信所と、男の名前。
「こう見えてそういうのを本業にしててね」
「…そういう職種は相当暇なんだな」
「言うねぇ。単なる興味本位だよ、最近時間持て余しててね、依頼の合間にちょちょっとやるくらいお茶の子さいさいってわけよ。なるちゃん愚痴ってたぜ、最近火の車だそうじゃないか。女手一つじゃとてもなぁ。
ここらで一発逆転すりゃ、慰謝料ふんだくれるかもしれない」
そこであの時、あの場所で、カウンターの隅にこの男がいたのを思い出した。バツイチとまでは聞いて父親の話はしなかったのに、変に目敏いやつ。名刺の裏表を見て、それでも突き返した。
「…金がない」
「なるちゃんには行き倒れを救ってもらった身でね。何、つけ代チャラくらいでいいさ」



