腰に手を当てて地面を睨む藤堂は、心配そうな智也の声に顔を上げる。取り繕ったように笑ってみせるそれは、いつもの完璧な余裕あるものとは程遠い。

「そんなこの世の終わりみたいな顔しないでくれる。不安になんだろ」

「だってこれじゃあの日と」
俺たち(・・・)はもう間違えない」

 違うか?

 藤堂の静かな問いかけに、目を見張っていた智也もゆるゆると首を縦に振る。

「…おれは、学校側探してみるよ」
「俺は駅前方面あたってみる。見つけたらまた連絡してくれ」
「わかった」


 雨で視界が不明瞭な中、傘を差していたんじゃ見付けられるものも見付からない。出がけに羽織って来たナイロンパーカーは雨を凌ぐためにフードを被っていたものの、走っているうちに結局邪魔になって剥いだ。

 スポーツウォッチは見たところ、22時に差しかかろうとしている。スマホを取り出し、手早くタップするとプップップの音に続いて通話が繋がった。

「オズっ…」
《おかけになった電話は、現在、電波の届かないところにあるか、電源が入っていません。

 もう一度お掛け直しください》

「———くっそ…」


 やっぱり、黙って行かせるべきなんかじゃなかった。這ってでも食い止めてやればよかった。濡れた手のひら、その包帯の下から覗く丸い火傷痕に、自身の爪を食い込ませ、血が滲んでも更に強く、ぎゅうと下唇を噛み締める。


——————何かあったら絶対言えよ

——————おーげさな

——————マジだって!


——————祈ってください、健闘


 敬礼をして笑う彼女の姿が、数時間前に確かに見た笑顔が、今では霞んでよく見えない。目を離しさえしなければ、見失わなかったはずなのに。
 夜とはいえ、盆休みということもあってか駅前の交通量は多い。焦燥に駆られ舌打ちをし、濡れたコンクリートの上を行き交う車に、目を凝らす。

 ふとそこで、流れ行く景色の中に視た違和感。一度素通りした風景の中に、確かにいた。土砂降りの中、傘を射さずに歩く一人の少女。全身ずぶ濡れになったそれが彼女だと視認した直後、体は意思を越えて動いていた。







 はじめこそ冷たいだとか、濡れた体が気持ち悪い、そんな感情があったと思う。でも今となってはもうよくわからない。心はふわふわと浮いていて、足も体も、自分のものじゃないみたいに軽くて、不鮮明で、不確かだ。