コンビニ前。傘を射そうと袋を持ち替えた瞬間、ポケットのスマートフォンがバイブした。発信元を見て、静かに耳———からあえて30センチ離してスマホを掲げる。
通話ボタンを押すと届くのは、案の定距離をおいてもうるさい姉の声。
《智也アイスまだ〜っ?》
「今買ったよ」
《練乳入ってるのちゃんと買ったんでしょうね! ハイ注文内容復唱!》
「バニラと抹茶と練乳入りとチョコチップ…ってそんなに気になるなら一緒について来れば良かったじゃん」
《人生ゲームで負けた貧乏人はだまらっしゃーい》
気をつけて頼んだよ下僕ー♡ とよもや弟に向けた言葉とは思えぬ一言で会話が終了し、ため息混じりにスマホをポケットに捩じ込む。
「…んっとに人使い荒いんだから」
東京都内は日が暮れると同時にバケツをひっくり返したような雨に見舞われ、夜が更けるほどに雨脚は強くなる一方だ。
この分じゃ雨宿りしたところでアイスが溶けて姉に半殺しにされるのが関の山。
(…濡れる覚悟で帰るか)
「いないってどういうこと!?」
雨音に紛れて届いた声に振り返る。そこに、コンビニの駐車場に差し掛かった二人の女性が言い合いをしている姿が見えた。
「い、今お父さんから連絡あって家に帰ったら凛花がいないって…」
「夜出かけるなんて言ってなかったでしょ…、それにこんな雨の中。待って私栄介に連絡して見るわ」
「お願い…っ」
「あの、どうかしたんですか?」
口に手を添えて傘を射すことも疎かになっていた一方の女性を覗き込む。彼女は智也と目が合うと、縋るように身を乗り出した。
☁︎
窓を叩く雨に視線を向けた矢先、唐突に机上のスマホが着信した。無造作に手でそれを捕まえて、仰向けになると耳に当てる。
「…珍しいね智也、お前が俺に電話するなんて。いつぶり?」
《藤堂。今からおれが言うこと落ち着いて聞けよ》
「何だよ改まって」
ベッドの上で笑ってから、智也の尋常ではない口ぶりに真顔になる。起き上がってスマホを持ち替えると、声は静かに呟いた。
《小津さんがいなくなった》
「智也!」
智也からの連絡を受けて家を飛び出した藤堂は、指定の場所に相手の姿を見つけると駆け寄る。
「いたか」
「いない。おばさんの話によると夕方一度帰った形跡はあるけどそれっきり、おじさんが帰ってくるまで家に鍵もかかってなかったんだって」
「…っ、」
「藤堂…」



