さよなら虎馬、ハートブレイク

 

「私、従兄弟と話してみようと思います」

 カフェを出て空を見上げると、遠く、夏空の向こうに雨雲が押し寄せているのが見えた。今朝気象予報士が言っていた、夜に向けての局地的な雷雨が来るのも、おそらく時間の問題だろう。
 空を見上げて呟いた私は、今にも反論せんとばかりに身を乗り出す先輩に視線を移す。

「先輩に話して少しスッキリしたんです。誰かに言ったら引かれるんじゃないかって不安だったこと吐き出して。それに」

 いつまでも逃げていたくない。

「今は痛くてもいつか心から笑いたい」
「…、けど」
「後押ししてくれるんですよね、物分かりのいい先輩のことだから。それはそれは気の利いた言葉で」

 有無を言わせぬ私の物言いに、先輩がぐ、と顎を引く。次いで頰が一瞬引き攣って、「すげえ飼い慣らされてる感」、と続けたが“感”ではない。
 私だってただ無意味に今まであなたのそばにいたわけじゃないんだから。

「…わかったよ。けど何かあったら絶対言えよ」
「おーげさな」
「マジだって!」

「祈ってください、健闘」

 念押しする先輩を置いて歩き出した私は後ろ手を組んだまま。少し体を斜めにして、警察官のするそれみたく敬礼して笑ってみせる。重たい荷物とは裏腹に軽くなった心は、覚悟を決めた決意は。

 取りこぼさないよう、ぎゅっと握り締めて。
 私は前を向いた。


 ☁︎


 家に帰ると、今朝お母さんに伝えられた通り誰もいなかった。家族でやり取りしているグループメッセージには「21時過ぎになります」とお父さんから連絡があったから、それまでは私と、

 エイにぃだけだ。

 ひとまず荷物一式を自宅の玄関に置いて、決意が揺らぐ前にと斜向かい、エイにぃの家のインターホンを鳴らす。時刻はまだ17時過ぎ。よくよく考えたらまだこの時間、地元の友達と会っていたりしたらいないかも、という私の心配はしかし、マイクから届いた声で簡単に打ち砕かれる。

《…はい》

 低い、落ち着いた、少し(しゃが)れた声。突如身体中から噴き出す汗と、小刻みに震える手を叱咤(しった)して、私は声を振り絞る。

「…え、エイにぃ、私。凛」

 返事がしなくなった。その時間がどれくらいだったかわからない。数秒、数十秒、数分だったかもしれない。忘れた頃にガチャリと玄関の鍵が開く音がして、それが入室許可の合図だとわかると、私はごくりと生唾を飲み込み、エイにぃの家の門扉(もんぴ)を引く。