「あ、そうだ! 私さ、部活。吹奏楽部に入ろうと思って。フルート、やってみたいんだよね。いややったことはないんだよ? 寧ろ厳しそうだし、行くたび腹筋100回とか、どんだけだよみたいな。まだ仮入部だけど、出来たらいいなって。そしたら将来フルート奏者になっちゃったりして…ないだろうけど、なれたら素敵」
腰に手を当て、早口でまくし立てる。いつもと違うエイにぃを元気付けようとか、そんなご立派なことではなかった。私はただいつもみたいに、エイにぃと話がしたかったのだ。
「私、人はなんにでもなれると思うの」
例えエイにぃが、その言葉に聞く耳を持たなかったとしても。
「夢は、信じれば叶うと思うの」
私の言葉を信じてみて欲しかった。
「…なにそれ」
俯いたエイにぃが、やっと声を出して、ふっと笑ったのがわかる。良かった、と安堵した。言葉が届いたのだと、一瞬でも自惚れた。愚かなのは私だ。
唇に、なにかが触れた。
一瞬息ができなくて、でもすぐ離れた距離に飴色があった。その色素の薄い虹彩の持ち主がエイにぃで、キスされたのだ、とわかった直後にまた息が止まる。
今度はさっきみたくすぐに離れてはくれなくて、その勢いで押し倒された。反転した世界、それまでとは打って変わった景色に、経験したことのない感覚に、頭のなかがぐちゃぐちゃになる。それでも距離が開いた一瞬、どちらともない吐息越しに、目線はお互いを捉えていた。
「…な、に」
「ちょっと静かにしてろ」
「エイに、腕いた…」
「凛」
掠れた声と、光のない目が、私を見下ろして微かに笑う。
「たのしいことしよっか」
ギシ、とベッドが軋む音に、上せた頭が「この先」を子どもながらに理解する。
拒否権なんてなかったのだ。だからいやだ、と泣いて叫んだ口すら塞がれた。制服の中に手が触れたとき、これが冗談じゃないと知った。どうか夢であれと願った。まるで自分が自分じゃないみたいで、自分の姿を客観視している感覚が、訳の分からない考えを浮かばせた。制服がシワになってしまう、せっかくサラなのにな、なんて例えばそんなこと。
頬に雨が降ってきた、意識を手放す最後のとき。
天井の木目に、エイにぃの煙草の煙が逃げられずに滞っているのが見えた。
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「………、」
薄く目を開くと、広がる白い世界。
煙草の煙が漂う木目の天井ではなく、等間隔で張り巡らされた黒い線と、白い天井から、そこが保健室だと察しがついた。目尻に溜まった涙が、頬を伝って落ちていく。