「あら凛花、朝早くからどこ行くの?」


 翌日。昨日同様手提げ鞄に勉強道具一式を詰めこんで出掛けようとしたら、呼び止められた。廊下からリビングを覗くと、料理の仕度をしているお母さんの隣からひょこっと茶髪ショートの女性が顔を出す。


成美(なるみ)伯母さん」

「やほー凛花ちゃんおっじゃまー。重たそうな荷物ねえ、お勉強?」
「うん、図書館に宿題しに」

 へえ、偉い! どっかのドラ息子に爪の垢煎じて飲ませてやりたいね、と腰に手を当てる彼女は、お母さんより年上のはずなのに年齢を感じさせないルックスで、見方によっては20代にも30代にも見える。
 夜に自営業のスナックで働いているから一般人とは昼夜逆転、いつもなら大体帰ってきて一番眠たい時間のはずなのに、珍しい。


「伯母さんこそ朝からどうしたの」

「いやー、ウチもお盆くらい休みにしてもいーかなって今日明日お店閉めてんの。
 そんでせっかくだから先日客に教わったBarに行ってみない? って妹誘いに来た所存♡」
「そしてその誘いに乗って晩御飯作ってる所存♡」

「なんでも優しいイケメンマスターがお悩み相談してくれるんだってー、ここは旦那(おに)の居ぬ間に行かなきゃ損でしょ」

 ねーっ。そう顔を見合わせて仲良し姉妹を振る舞うのは大いに結構。だけど一つ気がかりが。

旦那(おに)も何も伯母さんはシングルマザーじゃん」
「あり。バレた?」

 こつん☆と拳を額にぶつけて舌を出すその仕草は年相応。隙あらばというかあわよくば精神というか、こういう抜かりのなさはお母さんとは似ていない。

「まぁそういうことでお母さん、伯母さんと出かけて夜はいないから。

 お父さんも明日からのお盆休みで帰って来るし、夕飯はカレー作っておくからあっためて食べてくれる?」
「えー…」
「返事は“はい”でしょ! 女の子なのに料理の一つ手伝わないんだから…別に凛花が作ってくれてもいいのよ」
「宿題あるもん」
「も〜またああ言えばこう言う! あ、もし栄介いすけくんが家に一人なら誘ってあげてね、あの子自分だけだときっと何も食べないでしょ」
「…」
「返事は?」
「いってきます」

 返事違うー! と叫ぶ母の声を遮って、外に飛び出してばたんと玄関の戸を閉める。

《続いてはお天気です。

 日中は猛暑が続くでしょう。関東では午後から天気が下り坂、夜は局地的な雷雨に注意してください。
 水分補給をしっかりと行い、熱中症にはくれぐれも気をつけてくださいね!》

 網戸越しに届くのはたぶん、TVの音。お天気キャスターのその声に、空を見る。真夏の太陽はじりじりと肌を照り付けて、クマゼミが鳴いている。どこか雨模様の私の心とは相反して現実に浮かぶ白い雲は。

 わたあめのように大きく、空は広くて青い。