がたん。

 突如響いた物音に、びくりと肩を揺らす。
 机上に突っ伏していた私が即座に音の出所を振り向くと、隣に腰掛けていた女性が立ち上がるところだった。

 …やばい、寝こけちゃったらしい。割と集中して進めていた課題、その最後の方に綴られた文字は暗号のような形をして、間抜けにもよだれを垂らしていた私は慌てて口元、そして目元を手で拭う。

「…帰ろ」

 めっきり人気の少なくなったフロアと、閉館間際のアナウンス。窓ガラスの向こう、西陽に傾いたオレンジを眺めて私はのそりと立ち上がった。







 ☁︎


 夏の夜。

 リー、リー、と夏虫が静かに鳴き、公園の街灯には光に惹かれた夜光虫が飛び交っている。煙草を咥え、火を点けた栄介はそこで人影に気がつき顔を上げる。フェンスにもたれていた相手もまた此方に気がついたようで、その相手が昼間見かけた従姉妹の連れ(・・)と分かるなり、

 栄介は煙草を咥えたまま笑って彼に歩み寄った。

「おっ、イケメンくんじゃーん。
 何やってんのこんなとこで。駄目だろ未成年(こども)がこんな時間に彷徨(うろつ)いてたら、補導されちゃうよ?」

 片手をパンツのポケットに入れたままにこりと微笑んで見せるのに、向かいの男は無反応。翳った瞳が静かに此方を見据えていて、それに目を細めると取り繕った笑顔もかなぐり捨ててやる。

「どいつもこいつもさー…、やめてくんないその反応、傷付くから。別に取って食いやしねえよ」

「……、…」

「聞こえねーよ。声張って喋れ」
「あんたのせいで彼女はずっと、今も苦しんでるんだぞ」
「じゃああんたが(なぐさ)めてやってよ。得意そうじゃ~んそういうの
 え? てかお前何? 凛の彼氏…、じゃねーな。っはは、俺はてっきりあいつがお前に惚れてるんだとばかり思ってたが、なんだよ。ご執心だったのはイケメンくんらしいね」

 言い切る前だった。手を伸ばした藤堂の手が栄介の胸倉を鷲掴み、道端のフェンスに叩きつける。突然の衝動に長い前髪の下、鋭い眼光が空を射る。

「いてーなクソガキ」
「彼女に謝れ」
「は?」
「謝れっつってんだ」

 余裕無さげに揺れる目の前の瞳に真っ向から見下ろされ、咥えていた煙草の灰が粉塵となってぱらぱらと落下する。伏せた視線はそれを目で追うと、三度やんわりと微笑んだ。