「え、栄介くんたら面白い嘘ばっか…、証拠見せてよ」

 言い切る前だった。突如私の顔が何かで覆われて、真っ暗になり、状況を把握すると私は一気に毛を逆立てる。確かに口の端に触れた感覚は、数秒経たぬ間にパッと離れて消えていく。


「俺、ロリコンなんで」


「なっ」
「なっななななにすんだばか、! 穢れたさいあくしね変態!」
「お前…もうちょいきゃーとか言えねえのかよ、女の風上にも置けねえな」
「っ!」

 おえぇとえずく私とエイにぃをそっちのけで、猫撫でJKは脱兎の如く駆けていき。それに気がついた私も慌てて意識を取り戻す。

「ちょっ! 追わなくていいのあんなこと言って」
「いんじゃね別に。最近しつこくて困ってたんだよ、一回遊び付き合ったくらいで彼女ヅラしやがって」
「エイにぃのことだから期待させたんじゃないの」
「だったとしても知ったことか」

 それよりこれ。

 制服のポケットから取り出したチケットを一枚取り出すと、エイにぃは私の手にそれを強く握り締めさせる。

「それ保護者席だから。絶対来いよ」
「保護者じゃないけどな」

「つべこべ言うな」

 一番いいとこで聞かせてやるよ。

 くしゃり、私の頭を撫でたエイにぃは他所からの声かけに返事をして駆けていく。

 今でも昨日のことのように憶えてる。

 高校の文化祭ともあって、本格的なライヴハウスでやるようなものとは比べ物にならないことくらいはわかってた。でもエイにぃが1年のとき、連れられて来た文化祭のライヴは生徒を大いに湧かせていたし。そこに立つ人が知り合いで、しかも好きな人ならば、きっと途轍もない衝撃が待ってると。期待に満ち満ちた確信があった。


 定刻。ライトを全消灯した薄暗い体育館に、ギターの音色が一つ、響く。俄かに湧きあがろうと野次を飛ばす生徒たちの声をかき消すようにまた、一つ。ギターの音色が溢れて。

 体育館の片隅。舞台袖に一番近いところで、私はエイにぃを見上げた。薄暗い中で、伏せた視線が、私を見つけて、マイクにキスをする2秒前、

 あのひとは必ず、微かに笑う。

——————そして沸き起こる、振動覚。

 スピーカーの近くで、耳がバカになりそうなサウンドの中、それでもエイにぃの歌声は私の中にストンと落ちて来る。壊れそうな何かの中に、不確かで不鮮明な塊が閃光のように空に舞って、流星群のように砕け散って消えていく。

 乱暴で雑で無茶苦茶なのに、繊細で壊れそうな何かは私の中で瞬いて、終始エイにぃの歌の虜だったと、そう思う。