「よっ」
そして、その日。
家の前でエイにぃが帰ってくるのを張っていたら、バイクに乗ったエイにぃが帰ってきた。もっと遅くなるのを覚悟していただけに、お早いご帰還に声が弾む。もし喜びを露わにする私に犬のようなしっぽがついていたら、恥ずかしげもなくぶんぶん振り回していたと思う。
そんな私に反して、ヘルメットを脱いだエイにぃは随分やつれていた。私に一瞥をくれるだけで返事もしない相手を、追いかける。
「聞いた? 今日、叔母さん友だちとごはん行くから遅くなるって。良かったらうちでごはん」
行きつけのエイにぃの部屋、久しぶりにそこへ入れると思ったのも束の間、言い切る前に、扉の外に閉め出された。それでも、めげない。きっと機嫌が悪いんだ。すぐ機嫌損ねるから、エイにぃは。
そう自分で納得し、ワンテンポ遅れて扉を開けると、慣れた手つきで煙草を咥えたエイにぃと、机上に置かれた、吸い殻の溢れかえった灰皿が視界に飛び込んできた。
「窓、開けるよ」
私がこうでもしないと、エイにぃは毎日閉め切った部屋で煙草を吸っていたのかもしれない。部屋の壁、その上の方は煙草の影響で黒ずんでいて、なんだろう、この部屋。ひどく息がつまる。
突然、伸びてきたエイにぃの手が乱暴に窓を閉めて我に返った。
「あ、そうだ聞いてよ。この前学校のオリエンテーションだったんだけどさ、中学の。幼稚園とき、私に意地悪してきた男子と同じクラスで、うわーって思ってたんだけど、もうめっちゃ太ってて別人。人ってあんな変わるんだね、それとも大人になったからかな」
「…」
「でも担任の先生綺麗なんだよ。エイにぃ好きそう。あ、彼女さんに似てるかな?背中まで伸びた髪の毛で、音楽の先生なんだって。声もすごく綺麗。学生時代バンドやってたって、意外だよね、清楚系なのにハードロックだって」
「…」
「エイにぃ、ギターは?」
力なく座椅子に座るエイにぃの、色のない唇に軽く咥えられた煙草から、白い煙が上っていく。ベッドに座って足をぱたつかせていた私は、正面を見て、顔を上げた。



