「………あれ、」


 姿が見えず、えっ、うそ手綱、と慌てて手元を見たら握っていたのはりんご飴の棒だけで、———うそ、そんな、私、離した?

「せ、せんぱ」

「こっちだって!」
「やばー! 早く行こ!!」


 怒涛のように流れ出す人混みにあれよあれよと言う間に追いやられ、あっという間に違う方向へと流されていく。そうこうしてる間にドン、と一際大きな花が空に打ち上がって、綺麗なのに、今はそれどころじゃない。
 いい場所を陣取ろうと前に出てくる男性の波、それから逃れるようにすることでもっと深みにはまっていく。これじゃ花火どころか、先輩も見つけられない。

(け、携帯)

 巾着の中にやっとのことで手を突っ込んでも、ごった返す人の波で簡単に邪魔されてしまう。それどころかかしゃん、という音と同時にスマホを落としてしまって、拾う間も無くそれも人にまみれてしまった。

 うそ。どうしよう。携帯、花火、せん、

「————…っ先ぱ」
「おーにさーんこっちら」

「!」


 手の鳴る方へ。


 待ち合わせの時と同じように。ぱちん、と鳴らされた手の音に振り向くと、人混みの中。高く手を掲げた先輩が、スマホを持って私にぶぶんと手を振っている。

 人に、いや、不安に。押し潰されそうになったところで人混みを掻き分けた先輩は、相変わらず柔らかな笑顔で私に手綱を手渡した。

「…だからしっかり持っとけっつったじゃん」

「すいません」
「結構焦った」
「すいません」

「でも、すぐに見つけられた」

 申し訳なさげに頭を下げる私に、先輩はにこりと微笑む。そしてまたドン、と打ち上がる花火に即座に顔を向け、大声で言った。


「と〜もや〜」

「それを言うならたまやでしょ。智也先輩に怒られますよ」

「あは。そーだった」


 振り向いて、また屈託のない笑みを浮かべる、変なひと。

 ばかなくせに。あほなくせに。変態なくせに、女好きのくせに。

 でも、どれだけこの笑顔に、言葉に、私が救われてきたかわからない。
 もう無理だって思ってた。闇の中。誰かが扉を叩いても、独りで生きてくって決めていた。このひとが扉をしつこく叩くまで。

 それなのに私の心はこんなにも今、満たされて。隣で私じゃない誰かか笑ってるだけなのに、氷が熱に溶かされるようにゆっくりとほぐれていく。


 失くしたくない。

 間違えたくない。


「………オズちゃん?」


 気づいて振り向かれたとき、目元で膨らんでいた光がぽろ、と落っこちた。

「えっ、なんで泣いて」
「あっ、わ、いや、花火が。花火がきれいで」