「開けんなよ」

「ばかじゃん。閉め切った部屋で受動喫煙被る幼気な女子中学生の気持ち考えたことあんのか」

「住宅地の煉瓦蹴ってぶっ壊した怪力がなんか言ってる」

「あれは元から壊れてただけだし! つか小学生のときの話引っ張ってくんな」

 何だったら今確認してみるかと、蹴りを繰り出したら片手で簡単に捉えられてしまう。

「色々成長停滞したらエイにぃのせいだかんな!」

「発展途上は黙ってろよまな板」

「離せ変態! セクハラ!」

「ギター弾くのに音漏れるから開けんなっつったのに…わかった煙草消すから窓閉めろ」


 金髪になって、お酒を飲んで、煙草を吸う。見てくれが変わってしまっても、私が愚図るとギターを出してくるこの癖だけは高校生のときから変わらない。他とは違うそれっぽっちが、幸せだった。好きだった。


 エイにぃの奏でるギターの音色が、
 エイにぃの口ずさむ歌が、
 エイにぃのことが、好きだった。


 それなのに。
 エイにぃがぱったりギターを弾かなくなったのは、それからすぐのことだった。


「ねえ、エイにぃ見てない」

 学校から帰り、その日学校であったことをエイにぃに話す、と言うのが彼に会う為の私なりの上手い口実で、それから日課でもあった。バイクで大学まで通うエイにぃが家にいるかいないかは、家の前にバイクが停まっているかですぐわかる。

 ここ最近、ずっと。エイにぃのバイクを見ていない。

「さぁ、知らないわよ」

「…そ」

「栄介くんも暇じゃないんだから、あんたも毎日毎日押しかけてないでたまには勉強でもなさい」


 初めこそ、母の言葉に力なく返事をして、その度“今日は”仕方ないかなんて自分を無理やり納得させていたけれど。学校から帰ってくるなり母と繰り広げるこんなやり取りが、あくる日も、またあくる日も続いた。


 ただごとではないと、予感はしていた。でも予感するだけだった。中学に上がったばかりの私は、まだまだ子どもで。エイにぃに会えない理由なんて、「忙しい」その一つくらいしか思いつかなかったのだ。