「クローゼットの中にあったと思うけど…え、何? お祭りでも行くの?」

「うんまぁ」
「あら誰と?」
「先ぱ…」

 何事においても、ながら作業は禁物だ。だって必ずどちらかが(おろそ)かになる。クローゼットを物色しながら口を滑らせた私がハッとして口を塞いだってもう遅くて。
 扉の横で立っていた母はキラキラと目を輝かせ、かと思ったら猪突猛進の勢いで私の肩に飛び付いた。


「藤堂くん!? 藤堂くんなのね!?」


「ぃやぁの」
「こっちいらっしゃい着付けてあげる!! 髪もちゃんとしないとダメねお化粧も!!」
「えっぅわ! ちょっと!?」




(…こうなるの目に見えてたからお母さんにだけは言いたくなかったんだ)

 嫌がる余地もなく、あれよあれよと言う間に手を引かれ、ヘアアレンジと顔はあっという間に仕上げられた。そういえばお母さんって、今でこそ専業主婦だけど昔は大型代理店の美容部員だったとか言っていたような気がする。いやでもそれって着付けとか関係あるのかな。

 前に、勉強会の時自分で仕上げようとして失敗した髪は、チラと等身大鏡で見るといい感じに編み込みされている。数ある編み込みの種類の中でも、私のしたかったものに結果持って行くところはさすがだなって感心する。そう、これ、こういうのをして見たかったんだと、

「ぐぅっ!?」

 さりげなく手で触れようとした瞬間着付けをしていた手にぎゅうううう、と(あばら)が折れそうになる程きつく帯を締められる。

「お母さんこんだけ張り切ってんだからあんた、絶対モノ(・・)にしなさいよ」
「おか、お母ざ苦しっ…内臓出るっ」
「あんなイケメンそうそういないんだから…お母さん藤堂くんみたいな息子欲しい」

「お母さんが欲しいだけじゃんか!」








 祭りは、16時からだ。

 会場はきっと人でごった返すから、その手前に位置する時計台に集合ね、と先輩と約束した。


(…下駄、歩きにくい)


 会場の手前とはいえ、また時計台自体が待ち合わせスポットになってるから。
 同じことを考える人が多いらしく、周囲は見渡さなくても浴衣を着た男女が行き交っている。ごめん、お待たせ、待った? 全然。そんなドラマみたいなやりとりを何度となく耳にする間、左胸に手を置いて心を落ち着ける。

 普段しない格好で外を出歩くだけでただでさえ緊張するのに。結局母の言いなりになっていたら編み込んだ髪に髪飾りをつけられて、最後にチークまで乗せられた。