(…付き合う、のか)
公園のベンチに腰掛け読書をしていると、既に一時間は経っていた。見上げた空は淡い水色で、雲がゆったりと浮かんでいる。付き合うんだろうな。先輩が断る理由、ないし。柚寧ちゃん可愛いし…うん。
意味もなく、春。この公園で、私を追っかけてきたあのひとのことを思い出した。全身全霊で拒絶した私に懲りずに、初めて追いかけてきてくれた。ペンギン大王のオブジェ、その穴からサングラスをかけて、銃を撃つ真似をした。スプリング遊具で、馬鹿みたいに跳ねていた。
——————いつか、触れられるときが来たら。
そしたらオズちゃん、ちゅーさせて
——————…ばかなんですね、先輩
一方通行が過ぎる、子どもじみた約束をした。
あのひとがいなくなる。
「…」
今でもあのペンギン大王の穴からひょこっと顔を出すんじゃないかと思ってる自分がいる。いや出て来そう。そして出てくんなマジで。ここにいないのに想像しただけで笑えてくる。それほどまでに人の心に居つくのが上手なんだから、ずるいひとだ。
ちくり、と胸に針が刺さるような衝動に疑問符を浮かべる。二人が手を繋いで歩く姿を想像するだけで、またちくり、と痛みがほとばしって胸を抑えて蹲る。
「…幸せになればいいか」
あのひとが幸せならもういいか。
よくわからない胸の痛みも、今なら気付かないで捨てられる。空を見上げて、目を閉じる。さく、さく、と地面を踏みしめる音に、おめでとうの言葉を準備する。表情筋緩めなきゃ。とびっきりの笑顔で。そう、結婚式の花嫁に向けたそれみたく。
笑おう。
そっと目を開き、正面に現れたその人を、見た。
「な゙っ、」
「…」
「なんで!?」
私の仰天っぷりになんの反応も示さず、どかりと隣に腰掛けるその人物。約束と違う。答えがイエスでもノーでも、ここに来るのは柚寧ちゃんのはずだったのに。なんで、
なんで藤堂先輩がここに居る。
「…あーもーやってらんないわ」
「えっ」
「ばーか」
「!?」
「ばーかばーかばーか」
「!?」
「ぶわああああああか」
なんで突然やって来て突然罵倒されなくちゃならないんだ。硬直したままわなわな震える私に、先輩は怒り心頭で続ける。
「つーか何みすみす応援してんのばっかじゃねえ
あーひっさびさにむかっ腹立った俺藤堂は猛烈にご立腹しております」
両手をわきわきと動かしたり地団駄を踏む先輩をやや、いや猛烈にドン引きしながら隣で眺めると、私は全てをようやくストンと受け止めて、居直った。
膝の上に置いた文庫本、その上に両手を置き、目を閉じる。



