「とぅもやくぅーん次授業何だっけ」

「移動。スライドだから教科書いらないよ。寝るに100円」
「俺は200円」
「それじゃ賭けになってないだろ…あ」


 3-Bの教室、入り口を出た拍子に声を上げた智也(ともや)に、藤堂(とうどう)はその脇から顔を出す。彼を目に映した途端、扉横に立っていた塩見(しおみ)は深々と頭を下げた。










「何ですか改まって」

 4限目の授業が終わり、渡り廊下は食堂や購買へ向かう生徒が行き交っている。俺も早く行かないと焼きそばパン買いそびれるんだけど、なんて指を(くわ)える藤堂を前に、塩見は無言のままだ。
 場所は人気のない体育館裏。一度疑問符を浮かべて首を傾げ、察した瞬間藤堂はずさぁっと手のひらを突き出す。

「ごめん悪いけど俺女の子が好きだから」
「何勘違いしてんですか、違います」

 え。じゃあ何よ。館内へと繋がる石段に腰掛けて頭を掻く藤堂に、塩見はやっと伏せていた顔を上げ、重たい口を開いた。


「…体育祭の前日、凛花ちゃんに触ったの、僕です」


 その言葉に、一度目を見開き硬直したのち、藤堂は半目にやんわりと笑みを乗せる。

「へえ。で、殴られにきたの」


〝泣かしたらぶっ殺すぞ〟


 凛花に想いを寄せていることを告白した際、藤堂は塩見にそう言った。二人の間の空気ががらりと変わるものの、腰掛けた藤堂が立ち上がる素振りはない。


「…まぁ薄々予想はしてたけどね」
「殴られても仕方ないことをしました。衝動に駆られて…向こう見ずなことを。
 謝りたいと思ったんです。体育祭の時も見かけて、でも避けられた。鬼頭(きとう)先生にもドヤされましたよ。まだたんこぶ消えない」

「殴られたのね既に」

 教師の風上にも置けないんだけど鬼頭ちゃーん…と小声をフェードアウトさせる藤堂に、塩見は一歩前進し目を閉じる。 「男なんでけじめます」と続ける塩見に、藤堂は立ち上がり、

「歯、食いしばってね」
「…っ」

 大きく振りかぶると———ぷに、と握り拳の指先を優しく塩見の頰に添えた。目を見開く塩見に、藤堂は眉を下げて笑う。


「殴んないよ」

「なんで、」

「俺の手が痛いだろ」