「エイにぃ、バンドやんなよ」


 私がはじめて“バンド”というものを知ったのは9歳のときだった。

 エイにぃの通う高校、その文化祭に連れられて見た、軽音楽部の激しいロック。お腹の下の方まで振動が伝わって、揺れる体育館は、舞台上でギターを掻き鳴らして歌う高校生たちは、きらきら輝いていてとても眩しかったのを覚えてる。


「……おまえ、思春期の男子高校生の部屋にノックなしで入んなよ。オナってたらどうするつもりだったわけ」

「エイにぃギターやんなよ、絶対向いてるよ」

「聞けや人の話」


 文化祭当日、下級生として音響設備に携わっていたエイにぃは舞台袖で軽音楽部の大熱唱をきっと連日聞いていた。その影響からだろう、嫌でも覚える歌詞や曲はエイにぃの中に染み付いて、だから夜、ベッドに寝そべりながらその歌を口ずさんでいたんでしょ?


「びっくりした、今日のボーカルよりエイにぃの方が断然上手いじゃん」

「あの先輩は人脈重視だからそれでいいんだよ、世論だ世論」


 ベッドに仰向けに寝ていたエイにぃが寝返りを打つと、着ていたTシャツが少し捲れ上がって腰の骨が見えた。入り口からその様子を見ていた私は、エイにぃのごちゃごちゃした部屋に入り、焦げ茶の髪をじっと見る。

 いや、正直この時はまださほど部屋はごちゃついていなかった。頭の中が散らかってる人は部屋が片付けられない、なんて本当かどうか知らない豆知識を知ったのは後になってからだ。少なくとも、エイにぃの部屋がさらに散らかるハメになったのは、大学生になってから。


「世の中にはな、持ってる人間と持ってない人間がいんだよ。で、俺は俗に言う“じゃない方”」

「やってもいないうちから外野で半ベソかくのやめたら? ダサいから」

 少なくとも、下手な演奏で湧かせるボーカルより、その下であくせく働くエイにぃが私にはカッコよく見えたんだと、そんな恥ずかしいことは絶対に言ってやらない。言ったところでこの男はその程度で靡かない。というのを、重々承知してたから。


「モテるよ」

「バイトしよ」