「3-B、窓から二列目、前から4番目…」
言われたことを忘れないよう、校舎の中、3年の教室へと向かう道すがらぶつぶつ呟いて階段を上がる。体育祭だから余韻に浸って写真を撮ったりする生徒もいたけれど、それもさっきまでの話だ。片付けを終えて人気のなくなった校舎は昼間の喧騒が嘘みたいに静寂に満ちていて。
窓から射し込む夏の始まりの斜陽が、どこか切なく物悲しい。
「ここだ」
辿り着いた3年B組。窓から二列目、前から4番目の机、その引き出しに賞状を突っ込む。ついでに引き出しの中を物色してみたらあんな性格のくせして案外綺麗に整頓されていて、憎たらしくて舌打ちをした。
「…」
無人の教室でひとり。つ、と先輩の机を指でなぞり、それから右手に触れる。あのとき、確かにぶつかった。一瞬だったけど。
はじめて、触れた。
(…ちょっとだけ、)
誰も見ていないのをいいことに、何を血迷ったのか。私は先輩の椅子を引き、そっとそこに座ってみる。自分が普段使ってる机と大して変わらないあたり、あのひとが座ると大きな図体が飛び出して、きっと窮屈なんだろうな。想像して、くすりと笑みをこぼす。
退屈な授業はうたた寝をして、きっと先輩のことだから、さっさと課題終わらせて糸電話とか作っちゃって。ってそれはいつかに見た夢の話か。
(………つめたい)
机に突っ伏し、腕の隙間から傾いた太陽を見る。やがて沈みゆくオレンジを見届けて、私は静かに目を閉じた。
☁︎
「…これは…」
一体、どういう風の吹き回しだ。
普段持ち歩かないスマホ、通称「携帯しない電話」を取りに、教室に戻ってきたら…これだ。
何故か自分の席にて心地好さそうにすやすやと寝息を立てる凛花を見て、顔を傾けうーんと腕を組む。そして真顔のままとりあえず回収したスマホ・その無音カメラをちゃっ、と起動する。
そのまま、様々な角度から絶妙な体勢を駆使して撮影を試みること、数分。