窓際のメダカ水槽、その棚をすっと手でなぞって窓の外を眺める。吹いた風が彼女の纏う白衣を翻し、やがて少し経った頃、話が読めず顔を上げた藤堂に彼女は口を開く。


「聞いて察するに小津(おづ)が嘔吐していたのはお前が目を離した隙に男に触れられたか何かだろう。
 あれは典型的な心()外傷()トレ()障害()だ、歴《れっき》とした病気だ。

 まぁ異性に触れられない時点で何かあるとは思ったけど…それでもお前が傍にいてもまだ平気そうだったから油断してたよ。気丈なフリして振る舞ってたってわけか」

「…」

「お前があの子の傍にいるいないはこの際今はどうでもいい。
 〝今〟は過去、小津に何があったか知る時だ」


 で、お前はどうする? と鬼頭は妖艶に笑って首を傾けた。









 ☁︎


「話って何ですか?」


 体育祭の準備中、鬼頭先生から直々に声をかけられた。手が空いたら保健室に来て、ってたぶん先生は私を心配してくれたんだろうけど、本当は今あんまり誰かと関わり合いたくなかった。

 使い回された言い回しをしたら、黙ってソファに促された。私が座るのを確認すると窓際に立っていた鬼頭先生も静かに向かいに腰掛けた。


「あら、しらばっくれるんだ。自分から話してくれると思ったのに」

「…」

「藤堂から聞いた」

 

 その一言で、全てに察しががついた。

 空いた穴にパズルのピースが合わさるように嵌り、自分でも動揺して瞳がブレているのがわかる。

 そんな私を前にして、鬼頭先生は柔らかく微笑む。

「そう怯えるな、別に取って食いやしない。昨日のことを尋ねたりも」

「じゃあ何で、」

「お前にカウンセリングをしようと思ってね」

「カウンセリング?」

 ソファに座ったまま相槌を打つ私に、向かいの先生はそう、と立ち上がる。そのまま何も書いていないホワイトボードに歩み寄ると、その縁に手をかけた。

「この学校に赴任になる前、私実は産婦人科に勤めていたんだ」

 え、何の話。話の読めない私に、先生は笑顔で続ける。

「勤めていたらまぁ当然だけど妊娠した女性や出産を控えた患者がやってくる。でも中には望まない(・・・・)形で子を授かった人間もいた」

「、」

「それをきっかけに〝男性恐怖症〟を患っている人間も」

 私と、同じ。

 目を瞠り、虚空を見つめる。動かせない視線は顔をおもむろに下げることで保健室の床に行き着いた。

 うっすらと開いた唇が、開いた口の中が、渇く。

 いつの間に私の真横に座っていた先生が静かに、やさしい声で続ける。