「鬼頭せんせ~っ! 藤堂(とうどう)見かけませんでした!?」

「いや? 見てないけど」

「もう、前日準備ほっぽってどこ行ったのあいつ」

「見つけて顔以外フルボッコにしてやる…先生ありがとうございます!」


 白衣のポケットに両手を入れたままにこりと微笑むと、女子生徒二人は悪態をつきながら駆けていく。

 それを横目で見送って、動線上。廊下突き当たりに面した保健室に入りピシャリと戸を閉めると、彼女は柱に手を添えげんなりと毒づいた。

 


 体育祭を翌日に控えた翔青(しょうせい)高校では、平常授業を午前中のうちに切り上げ生徒たちによる前準備が行われていた。その真っ只中である今現在、藤堂が鬼頭のいる保健室に(かくま)ってもらっている理由はただ一つ。

「事情は相分かった。しかし藤堂(おまえ)が付いていながらなんでそんな事になった」

「…」

「あ、ごっめーん。傍に居なかったんだっけ? 他の女(・・・)(うつつ)を抜かしてたせいで」

 わざと傷口に塩をぶち込むように言ってやると、三角座りした体が更に小さく萎縮する。

常葉(ときわ)とか言ったっけ? 擁護するほどのことか、たかだか軽度の捻挫だろ、あ、もしかして本気で惚れちゃった? へーさっすがプレイボーイだ薄情者」

「今その話は関係ない」


 三角座りを解き、ソファに座り直す。そのまま膝に置いた手のひらに視線を落とし、強く握りしめた。


「何だかんだ今までやってこれたから、自分なら何とか出来るなんて過信した。でも実際目の当たりにして思ったよ、それがただの自惚れにしか過ぎなかったんだって」

 昨日、彼女の前に駆け付けたにも関わらず何も出来なかった自分。握り拳に額を置き、危うく折れそうになる心は、震える声は、せめて唇に乗せた笑みで精一杯叱咤(しった)する。


「…俺が名前を呼んでもさ、反応しないわけ。
 あの時のオズちゃんは隣にいる俺のことも見えてないみたいだった」

「…」

「正直このままあの子の傍にいていいのか俺はもうわからない。傍にいるのが俺じゃ…苦しんでる彼女の背中をさすってやることも出来ない」


 か細い声で吐露した本音、正面でそれを静かに聞いていた鬼頭は視線を伏せ腕を組み、短い息をついた。


「お前が勝手に自信を失くすのは結構、それに対して私は慰めも責めもしない。軽率にあの子に良かれと思って提案したこの私も同罪だから」