「誰か担架! 担架持ってこい!!」


 ただ事じゃない雰囲気に肝が冷えて、周りの女子から高い声が上がってくる。その野次馬の中で動けずに青ざめているとす、と他より頭一つ抜き出たその人が前に出た。

 藤堂先輩だ。


「どうした」

「落ちたんだって」
「女の子…」
「怪我は?」
「わかんない、今担架持ってくるって」

 その声を待たずにギャラリーを掻き分けて先輩が館内に入っていく。ここから音は聞こえなかったけど、柚寧ちゃんを取り囲むようにしていた他の部員も先輩が来ると少し離れるようになって、それで、それから、


 柚寧ちゃんを抱き起こした。


 お姫様抱っこ、ってやつだ。

 ひゃあ、って途端にさっきとは別の意味で湧き上がるギャラリーにその姿が向かってくる。「藤堂やばい」「姫抱き」「いいな…」って声を煙たがってどけ、って軽く周りをあしらうその中に私はいて、

 目の前を通り過ぎざま真っ赤になって先輩にしがみ付く柚寧ちゃんを見て、

 一気に胸が騒ついた。


 心配に勝る、なにやってんの? のその感情。知りたくなかった。気づきたくなかった。最悪だ。


 こんなこと思うなんて最低だ。











 ☁︎


 結果、柚寧ちゃんの怪我は幸い大事には至らなかったみたいで、軽い足の捻挫で済んだらしい。


 翌日松葉杖をついて学校に来たときは骨折したんだと思って本当に肝が冷えたけど、本人が笑って言ってたから嘘じゃない。だからもう二日後に控えた体育祭にチアで出ることはできないけど、今回は見学に回って来年頑張るんだって。


 変わったことが二つある。その件があってから、柚寧ちゃんは私の傍にいるのが少なくなった。塩見(しおみ)くんの邪魔しちゃ悪いから、って笑ってた。で、最近藤堂先輩と一緒にいるところをよく見かける。


 足の擁護(ようご)のためとか聞いたけど、本当かどうかわからない。それってたぶん一緒にいる意味ないと思う。藤堂先輩に近付きたいから、天の河(あまのがわ)を言い訳にいなくなっちゃったんじゃないの、ともだちは邪魔しちゃだめだから、って柚寧ちゃんはただ私の前で笑うけど、それってこじつけなんじゃないの、足だってほんとはわざと落ちたんじゃないの、とか。

 こんな最低なことばっかりぐるぐる、ぐるぐる考えて。





 最近、あの二人が突然遠くなってしまった気がする。藤堂先輩とも、図書室でのあれ以来。

 まともに顔を合わせて喋ってない。