「バトンパスめぇっちゃくちゃ速くなったねえ、小津さん!」



 さすがは梅雨で、その日は本降りの雨だった。

 代わりに体育館前でバトンパスの練習をすることになって、ある程度距離を空けてパス練をしていた私に、3年の先輩・ミサキ先輩が笑ってくれる。
 元々アンカーの藤堂先輩へと繋ぐ第5走者だった彼女が私の後、第3走者へと変わったのには理由がある。


「とんでもないです。すみません、私のわがままのせいで」

「全然全然! 男子にバトン渡すの怖いって気持ち、すごくわかるよ。リレーになるとぶん取られたりするしさ、私も藤堂に繋ぐの正直ちょっと嫌だったし」

「そうなんですか?」

「口説いてくるから」


 最近落ち着いてたのにまた最近なんか変なんだよね、と苦笑いするミサキ先輩の声をその時ちゃんと聞いてなかった。聞かないようにしていた気もする。バトンパスのことで頭がいっぱいだったから、彼女が入ってくれたことで第一走者の2年生女子から私、そして彼女へとバトンを繋ぐことになり、男子生徒への接触を回避出来る形になったのは有難いなー、とか考えていて。

 ここで甘えていてはいけないとはわかってはいても、練習の間何度もバトンパスを失敗する私を見たミサキ先輩が第3走者への交代を名乗り出てくれなかったら、私は今頃リレー自体降板だったかもしれないから。

 握ったバトンを見てぼーっとしていると、ミサキ先輩が軽く笑う。


「…なんか小津さん、元気ない?」

「えっ。あ、いや…お腹、空いてるのかも。です。いっぱい練習したから」
「あはは、わっかる。練習してると小腹減るよね。私グミ持ってるよ、食べる?」

「あ、ありがとうございます」


 なんかな。ひとたび顔を上げてみれば周りにはやさしい人たちばかりだ。ほい、と星の形になってるパウダー付きのグミを渡されて、特に小腹も空いてたわけじゃないから申し訳なくなる。もぐもぐ食べて、パウダーが酸っぱくて目が冴えた。


「で、その当の本人は…」

「さぁ? さっきから姿が見えないか…」



 そこでドン、と何かが落ちたような音がした。

 出どころは体育館館内だ。雨の影響でリレー選手組は屋根のある体育館前でバトンパス練習をしていたため、その音には他の団の生徒たちも何事、と館内に目を向ける。

 確か、体育館ではバド部のチア練習が行われていたと思う。物音のあとすぐに女子たちの「大丈夫?」「やばくない」、という声が飛んできて、「落ちたらしいよ」の声ではっとして中を見た。


 誰かが誤って落下した。バド部の誰か、その言葉で何故か胸騒ぎして目を凝らした瞬間、複数人に囲まれて蹲っている、

 柚寧(ゆずね)ちゃんが見えた。