「150円」


 何とか持ちこたえていた空は、放課後になると諦めて泣き出した。この分じゃ三学合同リレー練習はなさそうだ。終礼前。自分の席にて鞄を枕にして消沈する藤堂(とうどう)、その横顔にカフェオレの紙パックをかざす智也(ともや)に、抜け殻はやんわりと反応を示した。


「…俺ジュースなんか頼んだっけ」

「親友の粋な計らいによる奢りです」

「おお…持つべきものは心の智也」

「それを言うなら心の友(・・・)な」


 ぱちん、と指を鳴らすが覇気がない。いつものハイテンションでもウザいものの、ローテンションでウザいってもうこれ才能じゃないだろうか。


「数Ⅲの英雄が聞いて呆れるんだけど。冬眠にはまだ早いよ」

「〝故障につき藤堂の運転を見合わせております〟」

「もう一生見合わせとけ」


 カフェオレパックをぶら下げて。それでも飲む気になれないのか机上に突っ伏したままの藤堂に、智也のツッコミは手加減無しで降り注ぐ。やがて雨空を捉えた藤堂の視線は瞬き、ゆっくりと閉ざされた。


「何。小津(おづ)さんとなんかあったの」

「あー。なんもやる気でねーなこんにゃくになりたいあれ? さては俺もうはんぺん?」

「こんにゃくじゃねーのかよ。質問に答えろ」

「…傷ついて欲しくなかったから身ぃ引いた」

「…例の幼馴染みの子に明け渡したと。偽善だね、薄情者」

「苦肉の策だ。断腸の思いだ。おかげで俺の十二指腸はもう結構出てる」

「しまえ」

「………うまくいくと思ったんだけどなー…」

 オズちゃんの物語のヒーローにはなれんかった、と嘆いて、ずるり、と顔を動かす。それだけで藤堂なにやってんのー? と茶化す声が降ってきて、それどころじゃなくて目を閉じた。

「…俺今娘を嫁に出す父親の気分」

「娘? 恋人じゃなくて?」

「お前ね、それはないでしょ」

「なんで」

「オズちゃんに俺じゃ…オズちゃんには俺じゃないでしょ
 …あいつみたいなちゃんとした、」

「それさ。今後もし小津さんがお前を好きになってもそう言うの? 男性恐怖症の彼女がお前だけを受け入れたその時、お前今みたいに彼女のこと」


「智也」


 早口でまくし立てる言葉を遮る低く、静かな待ったの代わり。天を仰ぐ藤堂の虚ろな瞳は智也を捉え、ゆったりと瞬いた。





「お前が俺を責めんなよ」





「…、ごめん」

「トイレ」

 床の一点を見据えて硬直(かたま)る智也をすり抜けて、藤堂は不安定な足取りで教室を後にする。そのまま男子トイレの壁に半身を預けると、色のない瞳は床のタイルをじっと見て。

 痛みを堪えるようにぎゅうと固く閉ざされた。