そう言って雑に顎でしゃくってみせる先輩が示すほうに振り向けば、タイミングよく天の河が「凛花ちゃん、」と私を呼んで、駆けてくるところだった。
 

「放課後練習今日からだね。蒸し暑いけど大丈夫? 体調とかしんどくない?」

「全然平気。天の河も体育委員忙しそうだね」

「うん、でも凛花ちゃんに会えるから頑張れるかな」


 大きな目がその言葉でふわ、って綻んで、向き合えば私しか映ってない。…なにそれ。なんでそんなこと言えちゃうの、普通に恥ずかしいんだけど。そう言おうとしたら真横から盛大な咳払いが聞こえた。

 言わずもがな、…藤堂先輩である。


「…えっと」

「…こちら、藤堂先輩。こちら、天の河。…以上」

 紹介して、って言ってそうな無言の圧が煩わしくて手早く済ませる。天の河が少しだけ頷いて藤堂先輩、って呟いたことで、先輩もやっと明後日の方向から振り向いた。

 そしてにこ、と満面の笑みで。


「どーも〜金曜日の男です」

「どんな自己紹介だよ」

「お前なんかオズちゃんにとって所詮火曜日の男だろ」

「あんたの曜日に対する評価水準がわからない」

「…あの、僕は」

「藤堂センパ───イっ」


 私の声を遮ってどこからともなく飛んできたのは高くて可愛い弾んだ声。遠かった声が一気に近くなり、ぶつかるすんでの所で先輩の腕に絡みついたのは、柚寧ちゃんだ。

 しかもその姿が可愛らしいチアガールで、彼女が現れた途端張り詰めていた雰囲気がガラッと変わった気さえする。身につけているコロンがいつもと違うのか、鼻先をココナッツの香りが掠めた。


「えへへ、先輩つかまえたっ♪ あ! 凛花ちゃんに…それから塩見くん? もいる! この前はどうも、改めまして常葉(ときわ)柚寧と申しますっ」


 ただでさえ可愛い子を二割り増し可愛くするのが、チアガール姿なのかもしれない。
 そんな女の子に律儀にぺこりと頭を下げられてしまえば、自己紹介を邪魔された天の河も何も言うことが出来ないらしい。一拍遅れて頭を下げる彼に、柚寧ちゃんはにこっと微笑んだ。


「ごめんね、前見たときはまさか塩見くんが凛花ちゃんの幼馴染みって知らなくて! んー、でも近くで改めて見るとやっぱりイケメン! お肌白ーい、女の子みたい!」