うそ、ほんとに?

 あんな前から天の河は私のこと知ってて、気にかけてたの。何それ、ちょっと怖いし。でもそれで救われてるだけにお礼を言うべきなのかもしれなくて、でもその言葉は出てこなくて。だからただ、口元に手を置いて目を白黒させることしかできない。

 そんな私を横目に見ていた天の河だったけど、気を遣ったのか、視線がまた地面にずれた。

「…あのとき、きみが上級生に絡まれてるのを見たとき、初めて同じ場所に立てた気がする。昔、僕はただ泣いて、誰かに守られてばかりだったから」

「…ばかにしてる?」

「違う。変わろうと思ったんだよ。凛花ちゃんがその理由をくれたんだ」


 変わりたい、変われない。簡単にはままならない私たちの世界だから。七年前のあの頃とは違う場所で、違う立場で、それでも必死にもがいたからこそ、今がある。
 私が天の河の知らない過去を生きたように、天の河にも私の知らない過去があるんだ。

 そんな当然の上で、偶然また、生きる世界が重なった。

 ただ、それだけのこと。


「…疑ってるの、ヒーローさん」

「疑ったりするわけない」

 ねえ、天の河。きいて。私、もうヒーローじゃない。ちょっと目を離した隙に、めちゃくちゃ弱くなっちゃった。


「だからね、誰かに救われた()の気持ち。今ならすごくわかるんだ」


 ☁︎


「ふぇっくしょい!!」

「風邪?」

「いや…さては美女が俺の噂を」

「してないよ」

 三年教室棟、廊下。移動教室終わり、盛大なくしゃみをかました藤堂の隣で文庫本に視線を落としていた智也は呆れて顔を上げた。

「そんなくだらないことばっか言ってると、いい加減小津さんに愛想尽かされちゃうんじゃないの」

「ばかオズちゃんはいつだって俺にぞっこんだっつーの」

「そうでもないみたいだけど?」

 窓の外に視線を向けて言う智也に、藤堂も自然とそれに(なら)う。ちらと視線を向けて顔を逸らしてから、即座にガバッと二度見した。
 続けて持っていたノートを望遠鏡に見立てて身を乗り出す藤堂を智也は慌てて鷲掴む。

 その先に映るのは、中庭で和気あいあいと見知らぬ男子と喋っている───正真正銘、凛花だった。


「待て。何あれ智也どういうことか30字以内で説明しろ」

「知らないし字数制限設けんな」

「どこの馬の骨とも知れない男と談笑しちゃってそんな子に育てた覚えはありません!」

「お母さん? てかいい加減お前重いから!」