…なんて。

 なんて繊細で、儚くて、弱い強さなんだろう。

 思っていてもこんなことを口に出せる人、口に出さずにずっと我慢できる人が、世界にどれだけいるんだろう。
 あなたは、ずっとそんなことを思ってたの。だからやり返しもせずに、一人でじっと耐えてたの?

 思ってもみない言葉で、私には考えもつかない心で、ちょっと泣きそうになった。


『だったら、私が何があっても、天の河のこと守ってあげる』








 そう、言ったのに。

 そう伝えたら、天の河は涙をいっぱいに溜めた瞳で私を見て笑ったのに、私がヒーローになった物語は、一週間後、いとも簡単に終わりを迎える。


『えー、この度、天野が転校することになった。
 クラスの仲間が一人減って寂しくなるけど、みんな笑って送り出してやるんだぞ』


 天の河の転校、そのひとつで。


『…天の河は、知ってたの?』


 出発が平日で急だったということもあり、結局一番仲良くしていた私が実質、クラス代表で天の河をお見送りすることになった。平日の朝。学校に行く前、ランドセルを背負って問い掛ける私に、天の河は左右に首を振る。

『…知らない。僕も、おととい、聞いた』

『そっか』

 私より小柄な彼が、遠くを見ている。その大きな黒目は泣いてなくて、今日は泣かないんだなって下を向いたのに、そしたらコンクリートに雨が降ってきて。

 顔を上げたら、大きな瞳が一瞬にしてびしょびしょに濡れていた。

『やだっ…やっばりぼぐ凛花ぢゃんど離れだぐない、』

『結局泣くのかよ…』

『僕のごと忘れないで、』

『隣町なんでしょ? 電車で数駅の、またすぐ会えるよ』

『お、大きくなったら、僕、凛花ちゃんになるっ、』

『むりだし…』

 泣かないでって言ったのに、泣きじゃくってふるふる顔を左右に振るばかりで聞いてくれない。引越しのトラックが家の前で準備をしていて、荷物の運搬が終わったのか、バン、と扉の閉まる音がする。それを合図に天の河のお母さんが顔を出した。


『大河———、そろそろ』

『…ほら。天の河、行かなきゃ。お母さん呼んでるよ』

『ううっ、凛花ぢゃ、ありがとうっ、本当に、本当にっ』

『うん。学校離れても頑張んなよ、そばにいなくても応援してるから』

『僕、絶対強くなる、凛花ちゃんみたいに、弱い子すぐ助けられる、かっこよくて、強くなって戻ってくる。だからっ』

 泣きべそをかく女の子みたいな、自分より小さな男の子。
 顔を上げたその時、私はそれでも、彼の眼に強さを見たんだ。



『——————その時はきっと、絶対僕が、』