「いひゃいらぁ(痛いなあ)」

「至近距離やめろ。小津さん嫌がってんだろ」

「えー嫌なん? てか球技大会ん時から思ってたけど小津やんめちゃくちゃ可愛い顔してんね、付き合っちゃう?」

「えっと!?」

「だめだめだめ───っ!」


 のけ反る私の腕を直後、ぐいっと誰かが掻っ攫う。
 そのままぎゅっと抱きつかれて、甘いバニラが鼻を掠めた。


凛花(りんか)ちゃんはゆずのなんで! 事務所通してくださいっ!」

「ちぇ、コブ付きか。ま、でもソレに飽きたらいつでもおいでな」


 ぐるる、と威嚇する柚寧ちゃんの隙間からひょこっと顔を出す黒澤さん。そのままひらひらと手を振って去っていく彼女を見送っていたらでし、と腕をたたかれた。いたい。

「もー凛花ちゃん、されるがままなんだから」

「ごめんなんか急に絡まれて」

「くっそー、世界が遂に凛花ちゃんの可愛さに気付いてしまったか〜」

 ぐりぐりぐり、と腕に抱きつきながらすりすりしてくる柚寧ちゃんだけど私絶対今汗臭いから離れてほしい。申し訳なくてそろり、と腕から抜け出すと、どんな日でもコンディション抜群な柚寧ちゃんの、均等に結ばれたツインテールがぴょんと跳ねた。

「それより凛花ちゃんタイムすごかったね! さっき先生が三学合同1年の選手、女子は凛花ちゃんに決めたいって言ってたよ」

「えっ、いや無理! 私なんか足手まといだよ」

「何言ってんの! ミヤビちゃんもさっき言ってたじゃん、凛花ちゃんの圧巻の走りは女子陸部に引けを取らないって!使わなきゃ損々っ」

「………そうかな」

「そーだよ! ゆず、凛花ちゃんが走るんならめちゃくちゃ応援する!」

 両手拳を掲げてふんす、と何故か私より意気込んでいる柚寧ちゃん。でも嫌? って聞いてくる姿があんまり可愛いから、私は折れてしまった。

「わかったよ、やってみる」

「いぇーい! そうと決まれば、体育委員に言って、選抜メンバーの候補者リストに名前書かなきゃだね。えーと、あ、あの人かな。すみませーん!」


 辺りをきょろきょろと見回すと、彼女はグラウンドの隅に立っていた生徒を目敏(めざと)く見つけて駆け寄っていく。そうすると、すぐに柚寧ちゃんに気づいてボードに視線を落としていた男子生徒が顔を上げた。