平静を装いつつ、額には汗が滲み出ていた。まだ感情が顔に出にくいタイプだったのが不幸中の幸いだ。得体の知れないひとに自分を知られたくなんかはなかった。

 そんなこっちの心中などお構いなく、私を下駄箱に追い詰めた藤堂先輩は至近距離からこっちを見つめて爽やかスマイルを浮かべている。


「何してんですか」

「壁ドン」

「見ればわかります」

「なら聞かないでくれる?」

 言葉にトゲはあるのに笑顔なのが読めない。この人に喜怒哀楽はあるのだろうか。

「…口の減らない人」

「君が言っちゃうの、それ」

「他に言う人いるんですか」

「あぁ! いないかも」

 確かにな~とか人に壁ドンしたままよそ見して考えるそれやめろ。でもこれは同時にチャンス。先輩がよそ見した瞬間逆方向から逃げようとしたら、今度はもう片方の手も叩き込まれた。

 そして低いトーンで言う。

「まだ話終わってないよ」

「話すことなんかありません」

「休み時間に人のこと双眼鏡で覗いといて?」

「!」


 やっぱあれバレてたのか!

 ギリギリセーフだと思い込むことで持ち直してた気持ちも、改めて突きつけられるとぶわ、と羞恥心が込み上げてくる。額に浮かんだ汗が首を、頬を伝って落ちたとき、私はいよいよ鞄から取り出した“お礼”を相手の胸に押し付けた。


「ぅえっ?」

「受け取ってください」

「え、なになにラブレター?」


 相手の胸に押し付けたそれを先輩が受け取ったとわかると即座に手を離す。そして彼がその茶封筒に気を取られている隙に間合いを取って、その距離およそ2メートル。
 先輩は封筒の中身を覗き、それから私が仕組んだ“お礼”の頭を覗かせた。


「…福沢諭吉」

「昨日は助けてくれてありがとうございました、それはほんのお礼です」

「あ〜なるほどそれでお金ね…っていや待てよ、受け取れないし何考えてんの」

「…汚しちゃったのこっちだし」

「何を」

「スニーカー!」