「私、人は何にでもなれると思うの」


 真新しい制服に腕を通したら、それだけで一歩大人に近づけたような気がした。

 向こう三年は着る。身丈に余ったシャツの裾は手元で存在をくすぶって、プリーツスカートは皺にならないよう気をつけて座ってた。



 彼のベッドの上。

 彼は、彼氏ではなく、はす向かいに住む、8つ上の従兄弟(いとこ)だ。

 お母さんの姉の息子のエイにぃは、根元の黒い金髪に煙草を(くわ)えて喋る、見かけはちょっと悪いひと。彼は大学に通いながら高校時代に友人と組んだバンド活動に明け暮れて、家にいるときは決まってギターと一緒に添い寝して、私が入る隙もないくらい音楽一筋だった。

 きっと恋をしていた。好きだった。

 スッとした鼻も、長い前髪から覗く鋭い目線も。意地悪で喋り方だって汚かったけれど、時折口ずさんで聞かせてくれる歌に、目を閉じて耳を傾ける程度には。


「夢は、信じれば叶うと思うの」


 だからたぶん間違えた。

 真っ直ぐであることは必ずしも正しいに匹敵しないと、知ったのは後になってからだ。でなければ、彼はそんな風に笑わない。





「………なにそれ」


 座椅子に座って(こうべ)を垂れていた彼が煙草を(くわ)えたまま軽く笑ったのを覚えてる。

 糸が切れたみたく、無に戻った横顔も。


「…エイにぃ?」


 押し倒されたとわかったのは、反転した世界が茶色で覆い尽くされたから。

 窓を閉め切った部屋の中。ところどころ顔のように見える木目の天井に、エイにぃが吐き出した煙の渦がどこにも行けず彷徨っているのを見た。
 

「…エイ」
(りん)