お風呂に入って。着替えを済ませて。
蘭の眠るベッドの前に椅子を置いて。
そこに座らせてもらう。
疲れ果てた蘭の顔を見るのが痛々しかった。

蘭を見ていると不思議と、頭を撫でてやりたいと思った。
でも、それは不可能だ。
どうして、黙っていたの?
女の人に触れられない呪いをかけられたの?
だから、私には近づかないようにしていたのか…
そう考えると。
じゃあ、何で結婚したのよ…と言いたくなくる。

色んなことが頭の中に浮かんでは消えていく。
ああ、頭が痛い。
「何だ、おまえか」
蘭の長い睫毛が揺れたかと思えば。
大きな碧い瞳がこっちを見た。
私を見ると、蘭は小さくため息をついた。
「蘭・・・あの」
謝らなきゃと思った。

「さっきはすまなかったな」
小さな声で蘭が言った。
謝らなきゃいけないのは、こっちのほうなのに。
「蘭、あのね…」
「おまえの気持ちを一切無視して、結婚させて。この屋敷に住まわせて。すまなかった」
蘭の目の下のクマがくっきりと浮き出ている。
近くでみると、蘭がやつれているかに見える。
「あの、蘭…」
「おまえの好きにすればいい」
急に蘭が大声で言った。
「おまえの好きに生きればいいと思う」
「ぇ・・・」
衝撃的な一言だった。
瞬時に私は聴き間違いかと思った。
「あのね、蘭。昔、蘭ってもしかしてローズって呼ばれてた?」
何故、このタイミングでこんな質問をしているのだろう。
私は無意識に出た質問に自分で驚く。
蘭はじっとこっちを見て。
「そういえば…昔。ローズが自分の名前が嫌で交換しようと提案してきたな。俺がローズであいつが蘭って呼び合ってた。それが、どうした?」
(え、そこは正直に答えてくれるの!?)
てっきりまた、はぐらかすのだろうと思っていたのに。
あっさりと答えてくれる蘭にビックリする。
「おまえ。もうローズの名前は口に出さないほうがいい」
「どうして?」
「悪いことは言わない。ローズは駄目だ」
蘭は目と閉じた。
「俺はもう寝る。おまえは部屋に戻れ」
それ以上は何も言えなかった。
何も聴けなかった。