見た目は華奢で痩せているのに。
蘭の服を着るとブカブカなのに驚いた。
足が長すぎじゃなかろうか。
裾を折って。
シャツも腕まくりをする。

「もー、本当にお洒落させたいのにねぇ」
身支度を手伝ってくれたサクラさんが口を尖らせて言う。
「サクラさん、絶対にデートじゃないですよ」
嫌な予感しかない。

支度を終えて、玄関のほうへ向かうと。
既に蘭が待っている。
じっと私の姿を見ると。
「行くぞ」
と言って、扉を開けた。

ずんずんと歩いていく蘭についていくので精一杯だ。
門のほうへは行かず、バラ園を通り抜け、いつだったか夜中に見た壁まで来ると。
壁にそって、蘭はずんずんと歩いていく。
蘭も動きやすい服装をして。
背中には大きなリュックを背負っている。
「あの、どこへ行かれるのですか?」
尋ねても、蘭は黙ったままだ。

蘭の黒髪が、サラサラと風に揺られ。
その後ろ姿を必死に追う。
そのうち、ゲートらしきものが見えてきたのだが。
ゲート中央に「立ち入り禁止」と書かれた看板があった。
蘭はゲートを開けて、向こう側へと歩いていく。
「え、蘭様。立ち入り禁止って書いてありますけど」
「あー、大丈夫だ。この先も、うちの領地だ」
草が鬱蒼と生えていて。
足元に気を取られそうになりながら、蘭の後ろを歩く。
何で、こんな森の中を歩かなきゃいけないのだろう?

体力がないので、10分もすれば。ゼーゼーと息が切れる。
そのうち足が痛くなってきた。
「待ってください」
大声を出すと。
蘭は碧い目でジロリとこっちを睨んだ。
…睨まなくてもいいじゃないかー。
胸に手をあてて、息を整えている間。
蘭は黙って待ってくれる。

そんなことを、何度も繰り返し。
進んでいくうちに。
生い茂る草木から解放されて。
視界が開けたところへと出た。
目の前に現れたのは、
「海…ですか?」
芝生の上から眺めるキラキラと光る水面。
限りなく続く水面に、唖然と見てしまう。

「海じゃなくて、湖だよ。海はもっとデカい」
流石に蘭も疲れたのだろうか。
いつもの大声ではなく、普通のトーンで喋った。

「シート引くから、おまえも手伝え」
リュックから、蘭はレジャーシートを取り出して広げた。
「端っこ持って、引っ張れ」
「あ、はい」
言われるがまま、蘭を手伝い。
シートを引いて、四隅にそこらへんに落ちていた石ころを乗せる。

「あー。ひっさしぶりに来ると駄目だな」
そう言うと。
蘭はゴロンとシートの上に寝っころがった。

「おまえも座れ」
「…はい」
言われるがまま、靴を脱いで。シートに座る。
…何だろう、この状況?

そよ風がなびいた。
気持ちの良い風だ。
歩き疲れたせいか、目の前の湖をぼーと眺めてしまう。
蘭も、寝っ転がりながら。黙っている。

ふと、蘭を見て気づいてしまった。
物凄く、この状況が恥ずかしいことに。
夫婦とはいえ、蘭と長時間一緒にいたことがないのだ。

一気に緊張してきた。
「飯でも食うか」
そう言うと。蘭はリュックから。
サンドイッチやリンゴ、飲み物を取り出した。

「へ、ここで食べるのですか?」
蘭が、地べたでご飯・・・
考えてみれば、蘭が外でご飯食べているのも信じられない。
綺麗好きな男がレジャーシートの上でご飯なんか食べるんだと思ってしまう。
「何だ、不服か?」
ムッとした表情で蘭が言った。
「いえ、ありがたく頂きます」
「あ、ちゃんと手ぇ、拭けよ」
そう言って、蘭はタオルをこっちに投げる。