理由がわからなかった。
何故、お兄様が怪我をしたのか。
そして、お兄様の容態はどうなのか誰も教えてくれなかった。

生きていてほしい。
元気になってほしい。
祈ることしか出来ない。

実感が湧かなかった。
お兄様が死ぬかもしれない…なんて。
情報を得ることが出来ぬまま。
ある日、ライト先生に言われた。
「アズマくんが病院から抜け出したらしい」
それを聴いた時。
さみしいというよりも、良かったという気持ちが強かった。
お兄様は元気になって、逃げることが出来たんだって。

お兄様は背負うものが大きすぎた。
働いても、働いても。
お金は全て両親が使い果たしてしまうのだ。
こんな醜い妹を持って。両親は貴族被れの阿呆で。
そんな家族から抜け出して、やっとお兄様は自由になれたのだと思った。
沢山泣いたけど。
それがお兄様の為になるのだと自分に言い聞かせた。

「それからは、ずっと蘭には会ってなかったんだけどね」
気づけば、話すのに夢中になっていた。
渚くんとシュロさんはヒソヒソとこっちを見ながら、内緒話をしている。
そんな2人を見ていると少し不愉快になる。

「ねえ、カレン。カレンはさ、蘭のことどう思ってるの?」
「え?」
薄暗くてもわかる渚くんの大きな目。
まさか、そんなことを質問されるとは思わず、考えてしまう。
「蘭は、変わらないなあ。話聞いてると。昔も今も優しいんだなあ」
私が答える前に。
シュロさんは、うんうんと頷きながら言った。
「まあ、蘭は優しいよ。口は悪いし、不器用だけど」
渚くんはシュロさんを見た。
「まさか、蘭が女の子の家に通い詰めるとは…」
「あの蘭がそこまでするってことは、やっぱりカレンのことが大好きなんだね」
そう言って渚くんは無邪気な笑顔を見せる。

蘭がやさしい?
それは君たちだけに対してじゃないの?
「前にさ、カレン。自分は蘭に嫌われてるって言ってたけど。全然じゃん。めったんこ愛されてるじゃん!」
「…どこが」
「やっぱり、カレンは蘭のこと嫌いなの? だから、逃げ出したの?」
自分から蘭のことを振っておいて。
まさか質問攻めにあうとは。
…失敗した。

クリスさんを牢屋に入れてしまった負い目があるし。
遠まわしに、渚くんは私を責めているのかもしれない。
蘭のこと嫌いだから逃げたんじゃない。
でも、結果として。約束を破ってしまったわけで。
「…くっ」
思わず涙が零れてくる。
「カレン? どうしたの!? ご飯に何か薬盛られた?」
「あー、盛るわけないだろうが!」
急に慌てる二人を見て、涙をぬぐう。
「ごめんね、泣いて。渚くん。はっきりと言えるのは。蘭のこと嫌いだから逃げたとかじゃないの。なんだろ…ごめん。うまく言えないけど。蘭のことは、嫌いとかじゃなくて怖いのかな。ごめん…」
「カレンが謝ることないよ! うん。もうこの話はやめよ。俺、皆でトランプがしたい!」
「えー、トランプ?」
シュロさんが面倒臭そうな声を出す。
「せっかく3人いるんだし、めたんこ楽しいって。俺、いつもクリスと2人きりでババ抜きするけどつまんないもーん」
そう言って。渚くんがトランプを取り出した。