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「蘭様はね、さみしいお方なのだよ。養子として迎えられ、何不自由ない生活を送っているとはいえ、あの方の心はいつだって孤独だ」
たまに遊びに来るお兄様は、蘭のことをよく話す。
月に一度、会いに来るか、
会えないときはマメに手紙を送ってくれるお兄様。

最初の頃は、蘭にお兄様を取られてしまった嫉妬が憎悪へと変化していたが。
蘭の姿を見てからというものの。
憎悪が少しずつしぼんでいくのがわかった。
…蘭は、今にも死んじゃいそうだった。

何があって、あんな状態になるのかわからないけど。
蘭が深い傷を負っているのは確かだと思った。

お兄様のお陰なのか。
環境に慣れたのかは、わからないけど。
ガリガリに痩せた蘭は、みるみると変わっていった。
何故か、お兄様は何か月かに一度、蘭を家に連れてきた。
「社会勉強だよ」
と言うけど。お兄様にはお兄様なりの考えがあるのだろうから。
そこは、あえて突っ込まないでおいた。

蘭を連れて来るといっても。
蘭と話すのは、一言、二言だけだ。
「おまえは、ここでずっと暮らしているのか?」
とか、
「おまえは、学校に行ってないのか?」
だとか、蘭に質問されて。
答えて終わり。

そして、我が家で蘭に最後に会ったのは一年前だった。
「カレン様、お客様です」
侍女の言葉に聴き間違いじゃないかと耳を疑った。
私にお客様など来たことなんて一度もない。

いつものように庭で、本を読んでいた私の目の前に現れたのは。
蘭だった。
蘭は正装をしていた。
貴族らしい豪華な服を身にまとっている。
白いシャツにネクタイ。その上に着ているジャケットのキラキラした刺繍といったら。
どこの貴公子ですか? と突っ込みたくなるのは。
蘭の本来の姿を見たことがなかったせいかもしれない。

服装のせいなのか、蘭から発するオーラのせいなのか。
一瞬。逃げたいと思った。
いつもとは違う蘭の格好以前に。
蘭の後ろには護衛であろう男が2人。鋭い目でこちらを睨んでいる。
「いきなり押しかけてすまない」
「…はい」
いつもいきなり押しかけてるだろうが…
冷めた目で見ていると。
「黙って俺の話を聴いてほしい」
「はい?」
そう言うと。
蘭は碧い瞳で私を捕らえた。
「アズマが怪我をした。俺を助けたからだ」
「……」
「今、病院で治療を受けているが。意識が戻らない」
イシキガモドラナイ。
何を言っているのかわからなかった。
黙って、蘭を見つめるしか出来なかった。
「蘭様、お時間です」
後ろにいた護衛の一人が言った。

「何か困ったことがあったら、俺に言え」
それだけ言うと。
蘭は踵を返して、スタスタと行ってしまった。

いきなり何が言いたかったんだろう。
椅子に座った瞬間。
雷に打たれたかのように身体が震えあがり、お兄様の顔が浮かんだ。
「意識が戻らない…?」
そこから、お兄様には一度も会えずじまいだ。