「南雲!」

小走りで追いかけると、彼の歩幅が少し緩んだ。その隙に隣に並ぶ。
ふぅっと短く息を整えてから、背の高い彼の顔を振り仰いだ。

「ありがと、これ」

片手にぶら下げたスイーツを軽く持ち上げてお礼を言う。

「小銭入れが空だってこと、すっかり忘れちゃってて。助かったよ、後で返すね?」

「相変わらずだな、ハチ」

「ハチじゃないってばっ!奈菜だってば!」

「昔からうっかりは八兵衛って決まってんだろ。な?ハチ」

「ううっ……」


同期の彼は、いつも私をこうやってからかってくる。入社式で隣の席に座った時から、私のことを『チビ』だとか『ぼんやり』だとか言ってかまってくる彼に、私もついつい言い返すようになり、三年経った今ではすっかりこの遣り取りは職場の中でもおなじみの物として周りに認知されている。

ピンチを救ってもらった手前強くは出られない。
ひとまず、じろんと下から睨んでおくに留めておこう。

「ロッカーの中にはちゃんとお金が入ってるから、後でちゃんと返すからね」

「別にいい」

「そんなわけにはいかないよ。ほんと助かったから。あ、何かお礼も!私に出来ることがあったら引き受ける!」

雑務の一つでも代われたら、羞恥死回避のお礼くらいにはなるだろうと、申し出た。

「じゃあさ、」

「ん?」

突然足を止めた彼に、首を傾げる。
じぃっと見下ろしてくるその瞳は、くっきりとした二重の綺麗なアーモンド形。短めのツーブロックの髪形は、スポーツマンだという彼にとても似合っている。

「なに?もしかして今日締めの面倒くさい書類でもあるの?」

しまった面倒なことを押し付けられるかも、と眉をひそめる。

この同期、私をからかうことに関しては本当に天下一品なのだ。
他の同期の子にはそんなふうにしていることを見たことがないから、見るからに小さくてぼんやりした私でストレスを発散しているに違いない。

「仕方ないなぁ…ピンチを救ってもらった恩はちゃんと返すわ」

胸の前でこぶしを握って意気込んだ私を見て、南雲は目を軽く見開いて固まったあと、ぶはっ、と噴き出した。

「な、なによっ」

急に笑われて意味が分からない私を見ながら、くくくっと笑った南雲が、突然私の頭をくしゃりと撫でた。

「なっ!」

「お前やっぱりハチだな」

「だっ、もうっ!いくらうっかりでも八兵衛は」

「義理ガタすぎだろ、ハチ公か」

そう言って南雲はまた、くくくっとかみ殺すように笑った。

じわりと頬が熱を持っている。ついさっきコンビニでそうなった時とはまったく別の、違う染料を掛けられたみたい。
赤くなった顔を誤魔化そうと、ぐしゃぐしゃにされた頭にそっと手を伸ばし、「もうっ」と口にしながら手櫛で髪を整えた。