「ここだけの話、うちの社長⋯つまり俺の父はそろそろ社長の椅子を譲ろうとしている」
「凛也さんにですか⋯?」
「ああ。もちろん今すぐというわけではないが、父が祖父から社長の座を譲り受けたのが三十歳の時。父も俺が三十になる年に跡を継がせようとしている」
今年大学を卒業する凛也さんが三十歳になるにはあと八年⋯。
「あも八年で跡を継がなければいけないのは結構な重荷だがそれはまあいい。問題は、この八年の間に結婚をしなくて済む様にしなくてはらないという事だ」
「⋯どういう意味ですか?」
「父もさくらの父親も結婚をさせたがっている。それは後々面倒な事になるのを避けるため」
「はい」
「だかこの八年でうちと華山に絶対的な信頼関係を築く事が出来れば⋯」
「っ!」
「難しい話ではあるが難し過ぎる話ではない。八年の間で事業を成功させ、信頼関係を築く。事業を成功させ拡大させれば嫌でも信頼関係は出来るし、利益になる相手を離そうなんて事はしない」
⋯確かに一理ある。
わたし達の結婚はただのオマケみたいなもので、わたし達が結婚したところで事業が失敗すればどちかは切り捨てるだろうし、最悪共倒れ。
ただ、事業を拡大させるにあたり前もって両家に婚姻関係を持たせる事で保険をかけているだけだ。
もちろん、両家の血を引く跡継ぎを作っておきたいという思惑もあるのかもしれない。そうすれば両家の結び付きは絶対なものになるから。だけどそれはやはり、付属でしかないだろう。
この結婚の一番の狙いは、手を組むという契約に前もって用意された保険と、他社への牽制。
一之瀬と華山が手を組んだと見せる、言わばパフォーマンス要素もある。
だけど⋯。
「そう簡単にいくんでしょうか⋯?」
事業を成功させると言ってもそれは数年経たないとわからないもので⋯。
もう目前に迫った結婚をなかった事にするなんて⋯。
「だから八年だ」
不安に揺れるわたしを落ち着かせるように車内に響いた凛也さんの声は真っ直ぐとしていて。
「八年俺に時間をくれないか?」
射抜く様にわたしを捉える瞳には迷いや不安なんて一切宿っていなかった。



