「─────彼は、」
「─────彼はそれでもさくらの事が好きだと言ったよ」
「⋯ミナトが⋯?」
「彼には覚悟があった。全てを捨てる覚悟があった」
「⋯っ」
「だがな、さくら。覚悟があってもその重みに耐えられるかはその状況になってみないとわからないんだよ」
「⋯お父さん、」
お父さんの声が冷たく厳しいものからだんだんと柔らかくなっていく。
「何を言っても理解出来ないかもしれないが⋯申し訳ないと思っている」
「⋯、」
「すまない⋯。だが、さくらの事も思っているんだよ」
「⋯っぅ、」
「本当だ」
もしかしたら、記憶の限りでお父さんのこんなにも優しい声を聞いたのは初めてかもしれない。
歪んだ表情からは経営者として、父親としての悲痛な思いがヒシヒシと伝わってくる。
わたしの頬を伝った涙がポタリとデスクの上に落ちて、お父さんの呼吸をする音が鮮明に聞こえる。
参っているような、とても疲れたその呼吸音は本当にわたしの事を想ってくれているのだと、やっとわかった。
許せないけれど、お父さんは意地悪で色々な言動をしてきたわけじゃない。
凛也さんと居た方が幸せになれるというのはわたしの気持ちを蔑ろにして口にした発言ではない。
お父さんはちゃんとわたしの事もミナトの事も考えていた。
将来を、二人きりになった将来を案じてくれていた。
その上で凛也さんとなら幸せになれると言ったのだ。



