アイリーンが王宮で生活するようになるのは時間がかからなかった。

デビュタントの日から2日後、王太子の使者として一人の男性がキャンベル大公家にやってきた。

「急にこちらに来てしまい大変申し訳ございません。
私は王太子の侍従兼護衛のショーベリン・マクレイアと申します。

本日はアイリーン様を王宮にお迎えする準備が整いましたので、お迎えに上がりました。」

両親は「もう、準備ができてしまったのか」というような表情でお互いに顔を見合わせた。

「私は、結婚するまではここで生活をするのではないのですか?」

話がよくつかめないので、アイリーンは侍従に聞いたが、侍従から返ってきた言葉はアイリーンが考えていたものとは違っていた。

「アイリーン様にはすぐにでも王宮へ来ていただき、王太子妃としての教養を身につけていただきます。
また、この国の王族は王太子の子どもが生まれたら国王は譲位する決まりになっています。

つまり、アイリーン様には教養をすぐに身につけていただき、王太子妃になっても大丈夫だと判断されたら、結婚していただきます。
そして、子どもを産んでもらいます。」

アイリーンは正直この家を離れたくはなかった。

前世の記憶が戻ってからではあったが、ここでの思い出はたくさんあった。

ニコラスと夜更けまで政策を話し合った書斎、リンネにお菓子の作り方を教えてもらった厨房、母の日にマルクールを喜ばせたくてアンドレアと部屋を飾った際に脚立を倒してしまい、穴をあけてしまった壁。

全てが思い出だった。

「ここで教養を勉強するのでは駄目なの…
「姉上、姉上と別れるのはさみしいけど、姉上は行った方がいいよ。
僕、将来もっと勉強して国王を支えられるような大公子息になるから。
そうしたらまた会えるでしょ?
それに生活する場所が変わっても思い出は忘れるわけじゃないでしょ?」
アンドレア…
わかった。ショーベリン殿、私王宮に行きます。」

アイリーンはアンドレアの言葉に励まされ、王宮へ行くことを決めた。

「かしこまりました。
アイリーン様、私のことはショーベリンとお呼びください。
私はアイリーン様と王太子に遣える身。敬語はいりません。

それからもう一つ、王宮へは侍従かメイドをひとり連れてくるように指示されています。
どなたを連れていきますか?」

ひとりだけ一緒に行くことができると言われ、アイリーンはすぐにリンネを連れていきたいとショーベリンに伝えた。

それから1時間後、アイリーンは家族に別れを告げ、リンネとともに馬車に乗り込み、王宮へと向かっていった。