「どうして。どうしてよ。どうして主人公じゃないわけ!? ぜんっぜん罪滅ぼしになってないじゃん、あのクソジジイ!」

 神は亜里を、宣言通り、何より愛する乙女ゲームの世界に転生させた。

 しかし、「ヒロインにしてあげる」とは一言も言っていなかったのを彼女は思い出す。

 鏡の前で四つん這いになり、怒りに任せて拳を床に叩き付けていると。

「アリスお嬢様、どうなされました?」

 勢いよく開けられたドアから、メイド服を着た少女たちが入ってきた。

(アリス。そうだった、あの悪役はアリスという名前だった)

 立たされた彼女はだんだんと状況を理解する。

(私は元看護師の亜里の記憶を覚醒させた、ということか)

 亜里は鏡の中の自分を凝視した。十代後半のぴちぴちの肌。ほっそりとした体つき。そして整った顔面。

(悪くない。ヒロインじゃないのは残念だけど、このビジュアルで人生をやり直そう!)

 早々に思い切った彼女は、「ごめんなさい。大丈夫よ」とメイドたちに声をかけた。

 それだけでメイドたちは面食らった顔をする。

「あ、あの、お着替えを……。今夜は王子様の婚約者発表の日で……お昼はどちらのお召し物を……」