好きという名の幸せをあなたに。


なんだか自分のとこではなくテレビの向こうで誰かが喋っているんじゃないか……って。


それくらい私には実感がなかった。


その反面、病気がわかって少しほっとしている自分もいた。


だって出来ていたことが出来なくなった理由がはっきりとしたから。


……でも、地区駅伝といえど駅伝は行きたかったなぁ。


そのために私はここまで頑張ってきたわけだし。


それに少しでも多く文野くんの走りを見ていたいのになぁ


なんて私は見当違いなことを考えていた。


そのあとどうやって家まで帰ったのかよく覚えていない。


ただ気づいたらリビングの隣の部屋の本棚の前にいた。


“不安”も“怖い”もなかった。


不思議なくらい心は凪いでいて。


ただ明日の地区駅伝の応援に行けないことへのショックが私の心を占めていた。


***


次の日、小学校に行く弟の翠を見送り、私とお母さん、お父さんは市内で1番大きな大学病院に来ていた。

 
そして昨日よりも詳しく脳腫瘍のことを調べるために複数の検査をする。


病気が見つかったことと今日病院に行くから駅伝には行けないと、村上先生には話してある。


……みんなに伝えるかどうかは先生に任せた。


お昼過ぎ、ようやくすべての検査が終わり結果が出るのを脳神経外科の待合室で待った。


30分くらい経ってようやく名前が呼ばれる。


「……咲さんは」


少し言いにくそうな先生にあぁ、結果悪かったんだ……


と、なんとなくそう思ってしまった。