「この桜、綺麗だよね。何だか声掛けたくなる」



息を呑んだ。

正直痛い人だと思ったし、ヤバいと思ったはずなのに。

…とても綺麗な人で、声が出なくなってしまった。

少し長めの黒髪に、目が少し隠れるくらいの前髪で…風により、その前髪がそよいで顔が見えたのだ。

桜色の綺麗な瞳に、恐ろしいくらいに整った顔…美青年と言うのは、きっとこう言う人のことを言うのだろう…そうとさえ思えた。



「こう言う桜を見ると、声掛けたくなっちゃうよね。君もそう言うヒト?」



…見惚れていた雰囲気のまま、思わず頷きそうになって止める。

いや、私はそんなに頭のおかしい人間じゃない。

声を掛けた時点で随分おかしかったかもしれないが、取り敢えずそれは今は置いておこう。



『いや、違いますね…』

「え、でも今声掛けてたよね?」

『そうなんですけど。そうじゃないと言うか』



自分でも何を言っているのだろう、と呆れそうになってしまう。

よく分からない返事をした私を見た青年は、不思議そうに首を傾げながら私のことを見てくる。

美青年だからか、首を傾げている姿さえ様になっている。



「ふーん、そっか…ねぇ、もう一つ聞きたいんだけど」

『…何ですか?』



そう問い掛ければ、青年は表情を変えることもないまま…声の大きさも変えず、静かに言葉を紡ぐ。



「君は、この下に埋まっているヒト…どんなヒトだと思う?」



…驚いてしまった。

埋まっているのを信じるか、と聞かれれば納得行っていた…だと言うのに、この青年は違う質問をしてきた。

まるで─────…此処に誰かが埋まっているのは、当たり前かと言うかのように。



『…埋まってないんじゃ、ないですか』

「うーん、そうかもしれないけど…埋まっていたとしたら、かな?」



もう一度首を傾げ、そう言いながら静かに桜の木の下辺りにしゃがみ込む。

そのまま、とんとんと地面を叩きながら…静かな声で、言う。



「…この辺、かな」

『…え、』

「…君、聞こえるヒトじゃ…なかったんだ?」



その言葉を聞いた途端、一気に背筋が凍る感覚がする。

…これは、駄目な奴だ、私の本能がそう告げている。



「てっきり聞こえるヒトかと…」

『すみません、私…始業式、遅れちゃうので』



青年の言葉を、もうこれ以上聞きたくなくて。

そう言いながら、クラス名簿の方へと向かって駆け出す。



『…聞こえるって何、何を言っているの…っ』



…まるで“何か”が居るように…



『…居るはずが、ないでしょ…そんなもの、絶対…』



幽霊とか、そう言うものは…この世には絶対存在しないのだ。

そのくらい、高校生にもなれば…分かるだろう。