さよならが言えなくなるその前に




事務所のドアがバンって




那智さんに蹴られて



大きな音をたてて閉まった。





レミを降ろして



ガタンっ。





那智さんがデスクのイスに座る。




その横で



レミ悪くないもん。って佇むレミ。




那智がレミをジッと見る。



「おれ釣られた?


…いや、そんな考えねえか」



よくわかんないことを呟いた那智さん。




「こいよ」そう言って、レミの腕を引っ張った。




「…っやだっ」



嫌がるレミを力ずくで



抱っこするみたいに膝に



乗せる那智。




「やだっ」



暴れるレミ。



レミの反応に気付いて



那智が言った。



「あほか。いくらおれでも



そこまで鬼畜じゃねえわ。こんなときにするか」




那智がレミの顔がよく見えるように




片手で



レミの髪をかきあげる



「おれが好きなんじゃねえのかよ」



静かに聞く那智。




…ずるい。




那智さんはずるい。




そうだよ。




那智さんが、好きだから。



レミだけが、那智さんを好きだから



こんなに痛いんじゃん。




レミはこんな、痛いのに




那智さんはきっと



なんとも思ってないんでしょ?




なのに、何で


レミはおれのだ



なんて言うの?




レミの目に涙が膨れあがる。



那智が



「チッ」



舌打ちする。


舌打ちした?!


ほんと、サイテー。


レミがそう思ったとき


がばっ。



那智が那智らしくないぎこちなさで



レミを引き寄せた。


加減なく抱き寄せるから



「いたっ」って声が出るくらい



レミのおでこが那智の固い鎖骨に当たった。




「泣くんじゃねえよ」



那智が言う。



え?



レミが那智の力強い腕をほどいて


那智の顔をジッと見る。


「何だよ?」


ちょっと


うううん。結構?



真剣な那智さんの顔。



涙をポロって溢しながら



レミがほんとに不思議そうに言う。



「何で?」


「はぁ?」



「何でそんな顔するの?



前はレミが泣いたって」




気にもしなかったじゃん。



勝手に泣いてろって言われたことあるし。



「お前なぁ…



俺を何だと思ってんだよ。




前とは違うだろ」




那智さんの指がレミの涙を優しくふく。



「どうして欲しいんだよ。


言ってみな」



那智さんが優しくなんてするから



まるで、大事みたいなフリするから


レミの涙は溢れっぱなし。



「那智さんなんか、


たくさん女のひといるくせに。


レミなんか、その他大勢のひとりじゃん。


なのに、レミにはダメとか言って」



ほんとはこんなこと言いたいんじゃない。


言いたいことはひとつなのに。



那智さんわたしのこと…



聞けなくて…



「那智さんなんか…ずるい」


そんな言葉しか出ないレミに



「…お前、他の男と遊びたいって



言ってんの?」



那智さんの言葉に



「バカっ。


那智さんのバカっ。


そんな訳ないじゃんっつ」



レミの大きい声が出る。