キュ。
小さなサンダルの音に目を上げた翔輝。
パジャマにカーデを羽織った姿の優香。
「何やってるの?」
ちょっと心配そうな声が出て
優香は、急いで
そのニュアンスを打ち消すみたいに
「こんなとこにいられたら、困るんだけど」
冷たい言葉を付け加える。
「うん」
返事にならない返事して、
かすかに唇の端を上げる翔輝。
まだ、夜は吐息が白くなるのに…
「寒いでしょ?
…こんなとこで何やってるの。」
優香が聞くと
「ん。
悪いかなって思って」
え?
家に来るのが?
「いつもは、おかまいなしに来るくせに」
優香は、ちょっと笑って言ってみたけど。
何?
声もなく
ちょっと笑う翔輝。
…どうしたの?
通り過ぎる車のヘッドライトが、
影になっていた翔輝の頬を照らした。
左の眉の上に痛々しい傷。
よく見たら、
膝の上のごつい手も傷だらけ。
血が乾いて少し赤黒くなってる。
ケンカ、してきたわけね。
「負けたの?」
空気を軽くしようと
呆れたように。言ってみる。
翔輝と並んで、腰かけているガードレールから
自分のアパートを見上げる。
何度も、何なら毎日
見ているはずの光景が
知らない場所のように目に映る。
「わけない」
笑って言う翔輝。
トラックの大きな排気音が響く。
遠くで犬の遠吠え。
冷えた夜の空気の中。
携帯3つ分しかない二人の距離に。
優香は
焦っていた。
大丈夫?
って手当したくなっている身体に
寒いから、上がったら?
って言いかけた心に
何、この気持ち。
ギャングの王様が、お供も連れないで
負けてもないケンカの帰りに
私に会いにくる。
ケガした身体で、家に来られなくて
私の部屋を見上げていたの?
言葉少ないくせに
行動で口説かないでよ。
強引かと思ったら、
触れもせずに帰ったり。
ただ、会いたくて
私に会いに来る。
耳に自分の鼓動が聞こえる。




