「……また大楠神社に行ったときには、あのご夫婦のワゴンに会えますかね?」

「運が良ければ会えるだろうな」


 さらっと言った八雲は瞼を閉じて、悪びれる様子もない。


(少し前までは、こんなふうに言われたら腹が立って、食ってかかってたけど……)


 今は不思議と、嫌な気はしない。

 それどころか、何故か居心地の良さのようなものを覚えている自分に気が付き、花はそっと窓の外へと目を向けた。


「……今日は、楽しかったです。ありがとうございました」


 ぽつりと零された言葉に、八雲がゆっくりと目を開けて花を見た。

 けれど花は振り返らずに、ひたすらに熱海の景色を眺めている。

 どこまでも続く水平線と凪いだ水面は、陽の光を反射してキラキラと輝いていた。

 それは来るときにも見た景色と同じはずなのに、どうしてか今のほうが格別に美しく感じることができた。


「……楽しめたようなら良かった」


 やわらかな声に驚いた花は、窓越しに映る八雲の笑顔に目を見張った。

 トクリと跳ねた鼓動に答えるように、きゅっと膝の上で拳を握りしめた花は、心を落ち着けるために短く息を吐いた。

 バス特有の、ゆらゆらとした穏やかな揺れが心地よい。

 そっと目を閉じた花は瞼の裏に八雲の笑顔を浮かべると、ひとり静かに微笑んだ。