──鼻先を掠めるのは、濃厚で芳醇なソースの香りだ。
初めてこの香りを嗅いだとき、花は匂いだけでほっぺが落ちそうだと、感動せずにはいられなかった。
じっくりと煮込まれた塊肉は濃い飴色をしており、重厚な見た目に反してナイフが不要なほど柔らかかった。
軽く触れただけでほろほろと崩れるお肉をフォークに乗せ、そっと口へと運び入れると、口に入れた瞬間から至福が身体を駆け巡る。
まず、口の中に広がるのは濃厚かつコクのあるソースの旨みだ。
鼻から抜ける赤ワインの香りと、肉の旨味と野菜の甘みが溶け込んだソースは絶品で、唸らずにはいられなかった。
次に、舌で潰れるほど柔らかな肉はまさに溶けるようで、あっという間に喉の奥へと消えていく。
噛まずに飲める、という表現はこのビーフシチューのためにあるのだと断言してしまうほど、一口の余韻が最高にたまらない一品だった。
「……おいしい。このビーフシチュー、すごく美味しいです」
思わずといった様子で、傘姫が感嘆の声を漏らす。
源翁に変化したぽん太も、「これは絶品だ」と唸ると、笑顔を浮かべながらもう一口頬張った。
「ふたりで、こんなに美味しい食事がいただけるなんて……幸せだなぁ」
源翁が、傘姫を見つめながら顔を綻ばせる。
そして、そんな源翁を前に──傘姫は再び、目から綺麗な大粒の涙を溢した。



