異世界でお菓子を振舞ったら、王子と竜騎士とモフモフに懐かれました

「エリーゼ・ホワイトです。えっと、家は下町で、父は魔法石の加工職人をしています。よかったらエリーと呼んでください」

 ベイルさんはアルトさんのふたつ年上の二十七歳で、独身らしい。実家は城下町にあって、両親が食堂を営んでいるのだとか。
 私が十六歳だということを伝えると、ふたりとも「もっと上だと思った」とびっくりしていた。エリーの見た目が老けているわけではないから、おそらく精神年齢に印象が引っ張られているのだろう。

「ベイルには、騎士団の副団長も務めてもらっている」

 なるほど、確かに面倒見がよさそうだもんね……と紅茶を口に運んだのだが、『副団長』というワードにハッとしてむせてしまった。

「ごほごほっ……、ふ、副団長!?」
「おっと、大丈夫?」

 ベイルさんは清潔なナプキンをさっと差し出してくれた。

「どうしたんだい? そんなに驚いて」
「だ、だって副団長ってあの、竜の……」

 私は、市民の間でほとんど都市伝説と化しているある噂を思い出した。

 王宮騎士団には、傑物がいる。
 その守りは竜の鱗のように堅く、その攻撃は竜の牙のように鋭い。
 ほかの誰にも扱えない大剣を軽々と振り回すその姿は、まるで竜そのもの。
 ルワンド王国の紋章が竜を意匠したものであるため、いつしかその人は、竜の王国を背負って戦う騎士――『竜騎士』と呼ばれるようになったとか。

「いや、ベイルさんがあの『竜騎士』のわけないですよね。こんなにお優しいし」

 にこにこと笑みを浮かべた、『優しいお兄さんの理想形』みたいなベイルさんが、噂の副団長なわけない。

「いや、その二つ名だったらこいつで間違いないぞ」

 カップから口を離したアルトさんが、さらっと言い放つ。

「ええっ」
「この、世話焼きで穏やかな面に騙されるなよ。怒ると誰よりもこわい。俺ですら口ごたえできないからな。それはもう、目をぎらぎらと血走らせた竜のごとし、だ」

 こわごわと、ベイルさんの赤茶色の目を見る。
 信じたくないけれど――このふたりが、主従関係というよりは『世話焼きおかんと不良息子』に見えるのは、おかん役のベイルさんに裏の面があるからなのか。

「殿下、やめてくださいよ。エリーちゃん、誤解しないでね。みんなちょっと大げさに噂してるだけなんだから」
「は、はい」

 返事はしたけれど、私の中ではその噂は真実として固まってしまった。

「気を取り直して、スイーツの依頼の話をしようか。紅茶のおかわり、いる?」
「はい、お願いします」

 ベイルさんが淹れ直してくれたお茶を飲みながら、私は依頼の内容を聞いた。