始まりは意図もしない形で不意に訪れた。

二人で暮し始めて早一ヶ月、休日の合わない隙間を他愛ない会話が埋めていく。

「今日は早く帰れそうだから、たまには二人で外食しようか」

「うん、じゃぁ、待ってる……いってらっしゃい」

「行って来ます……」

相変わらず触れるだけのキス、かさついた指で頬を撫でる仕草や不恰好に笑う顔、玄関先でドアを閉めるまで此方を覗く罰の悪そうな表情。


【朝から掃除しなくていいから、休みの日くらいゆっくりしてて】


出勤前に送られるメッセージは何の色味も無い簡素な文面、それだけでも確かに充分な幸せを与えてくれた。

恋人として始まりを迎えた1LDKの一室は少しリビングが狭くなり、一緒に過ごすのは食事以外では殆ど無い。

その代わりに寝室の鴨居にロールカーテンを垂らし、小さな映画館として二人で寝ながら眺めるのが日課になりつつある。

特に不満も無ければ不安なども感じられず、警戒心を抱く必要の無い状況は心地良さだけが漂っていた。

春を纏うような日差しに包まれ、手招く睡魔に誘われてソファーの上で微睡む。

二人で選んだ真新しいソファーとクッションの肌触り、柔らかそうに揺れる淡い群青色のカーテン、目にする何もかもが幸せの象徴に映っていた。

『今日くらいは良いか』と『洗濯日和だし』と思う狭間で揺れながら、終には意識を手放してしまう。

遠く聞こえる携帯の着信音も他所に深くまで潜り込み、夢の現に同じ手を探しながら彷徨っていた。