「いいかい、アリス。料理を作る時は気持ちが大事なんだ。食べてもらう人のことを考えて作るんだよ。それが、例え、我儘で心が汚れた女王様でもね。」
「ふーん。」
とあるレンガ造りの家で、アリスは白うさぎにお菓子作りを教えてもらっていた。
僕がいつ処刑されてもいいようにとかいう物騒な理由で。
まあ、アリスは白うさぎの作るクッキーが好物だったし、別に覚えておいて損はないかなと思っていた。
「こうやって、材料を混ぜる時も食べる人の笑顔を想像するんだ。やってごらん。」
アリスは、白うさぎの言う通り、ボウルに材料を入れて混ぜてみた。
食べる人の笑顔なんて、想像しても意味がないと知りながら。
「そう、上手だよ。アリスはすぐ覚えるね。」
材料をただ混ぜているだけなのに、白うさぎは大袈裟に褒めてくる。
気に入らないから、わざとこぼしてみた。
「・・・ごめんなさい。」
「いいんだよ。さ、もう一度やってごらん。」

クッキーは上手く焼けた。
思った通りの味だった。
白うさぎの言う通りに作ったから、同じ味になった。
心なんて無い人でも、同じに作れば美味しくできる。
アリスはそう思った。
白うさぎの作ったクッキーも食べてみた。
同じ味だった。
笑顔も同じ。
心なんて無い人でも、同じに作れば美味しく出来る。
アリスはそう思った。
「白うさぎさんの嘘つき。」
アリスはそう怒って見せた。
白うさぎは微笑んだ。
「美味しく出来たね。実はアリス以外には作ってあげたこと無いんだよ。だからこれはアリスのものさ。これからはアリスの大切な人に、心を込めて作ってあげて、一緒に食べてね。」
・・・。
「白うさぎさん、」
「あと、これはさっきのクッキーに隠し味を入れたもの。食べてみて何が入ってるか当ててみて?」
アリスは仕方なく白うさぎの言う通り、クッキーを食べてみた。
口に入れた瞬間、口いっぱいに広がる甘酸っぱいかおり。
「・・・。」
「おいしい?」
「・・・。」
アリスの目に、気づけば涙がいっぱい溜まっていた。
悔しくて悔しくて、たまらなかった。
「アリス、美味しかったら、笑ってみて?僕、アリスの笑った顔が見たかったんだ。ずっと。」
「・・・。」
白うさぎはアリスに白いハンカチを差し出した。
アリスは、それを受け取った。
「さて、何が入ってるでしょう。」
「心、でしょ。だって、さっきと同じだもの。」
白うさぎはまた、優しく微笑んでみせた。
「あそこを見てごらん。」
白うさぎは、レンガ造りにぽっかりと空いた窓の外を指差した。
アリスが、そちらを向くと、アリスの背を遠く通り越したような木があった。
そこにたくさん実っている、赤い果実。
「アリスが生まれたとき。ここに木を植えたんだ。それがあんなに大きく育って、実がこんなに成ったんだ。かわいいアリスのために、心を込めて育てたんだよ。」
「・・・、誰でも同じよ。」
遠い昔、私と同じ人間が口にした、罪深き果実。
私の事など何も知らない白うさぎは、善かれと思ってこの果実を育てていた。
無知なこととは、何と残酷なものなのだろうか。
悔しくて悔しくて、たまらなかった。

「アリス、大好きだよ。」

白うさぎは、やがて、処刑された。