最強の魔女と策士な伯爵~魔法のランプをめぐる攻防~

「私も観たわ! 吸血鬼と人間の禁断の恋、なんて美しいのかしら! 幸運にもチケットが取れて足を運んだけれど、主演のアルベルト様の美声が今も忘れられないほどよ! でも、あの方はどなたなのかしら?」

「存じませんわね。あの方、オペラの真似事でもなさるのかしら……こんなところで?」

「そうよね。ここは劇場でもないし、あの迫力の舞台が観られるわけないもの。アルベルト様ほどの名優が他にいるとも思えないし」

 期待から一転、落胆したような反応を見せる。
 様々な観客の反応を受けながらメレはキースの初舞台を見守った。

(あなたならやれる。さあ、驚かせてやりなさい!)

『ああ、美しき人の子よ』

「え――」

 その瞬間、熱狂的な原作ファンまでもが言葉を失った。
 聴き惚れたのだ。
 メレの思惑が成功したことはこの反応で十分伝わった。ほとんど人と会話することのないキースの声は澄んでいる。一度声を張れば弱々しさが嘘のように、心地良いほど耳に響くのだ。そもそも演技力は期待していない。暗闇と距離、さらに仮面があれば表情も読めない。彼に期待しているのはその美声、旋律に乗せてしまえば問題ない。

 切なげに伸ばされた手。
 その先には応えるように相手役の少女が姿を現す。

 誰もいなかった場所に忽然と。もちろん魔法を使っているが、人間にしてみればそれだけで驚愕の演出になった。
 無論、正体はメレである。同じように仮面で顔を隠し、演目のためにドレスの色も深紅から純白へと塗り替えた。髪色は白から眩しいばかりの金へ。これでオルフェとラーシェル以外に気付かれることはない。

『こんなにも心焼かれる感情に苛まれながら何故! 私の胸は熱くならないのか!』

 ラーシェルの名妓に乗せ、キースの演技は白熱する。
 燃え盛る感情を表すように剣を振るう。
 そんな葛藤など知りもしない少女は優雅に踊り続けていた。

 メレの役割はキースの邪魔にならないようサポートし華を添えること。灯りに蝙蝠の影を飛ばし、霧を起こし、代わる代わる照明を当て、さらに少女は踊る。目が回る忙しさとはこのことだ。

 愛しあえども結ばれない二人。本来長時間を越える大ロマンスなのだが、今回は良いとろだけを凝縮しているので展開は早い。立ち見のため、何より客を飽きさせないための演出だ。既に物語は終盤を迎えていた。