チューリッヒとパリで少年時代を過ごしたという直斗さんは、ドイツパンもフランスパンもどちらも好きだと言った。
「なんだけど、本格的なドイツパンの店って意外となくて。食べたくなるとここに来るんだ」

店内はいかにもドイツパンのお店らしく飾らない素朴な雰囲気で、わたしたちはライ麦と全粒粉のパンを購入した。

花もいいけど、パンのこうばしい匂いもやっぱり幸せな気持ちになれる。

直斗さんの少年時代の思い出話、花とパンの好み…丁寧に記憶のメモに記していく。
これは彼の婚約者を演じるためと誰ともなく言い訳しながら。

買い物を終えて、ランチはこれまた直斗さんがたまに行くというドイツ料理のレストランだった。

あれ、このお店の名前どこかで…記憶の底をさらってみる。
たしかお母さんがグルメな叔母さんと行ったって言っていたお店だ。
夫婦二人で切り盛りしている老舗のドイツ料理のレストランで、マスコミに出ることもなく静かに店を営んでいるという。
確かな味と落ち着いた雰囲気を保った知られざる名店だとか。