その日はよく晴れた雲ひとつない青空って表現がぴったりな1日だった。

私は一推しのアレス様ぬいとカメラを持って、車に乗って出発する。

「おねーさんカメラ好きな人?」

アレス様と記念写真を楽しんでいる私に、不謹慎にも一人の男が声を掛けてきた。
声のする背後を振り向くと、憧れの二次元の推し、アレス様がそこにいた。

アレス様はまさにこの世の全ての美しさを詰め込んだようなお方。
美しく輝く、綺麗に切りそろえられた金髪から覗くのは宝石をはめ込んだのかと錯覚するような青瞳。その通過点にある高い鼻筋の先には形の良い、品の良い唇がゆるく弧を描いて微笑んでいる。

常にレディーファーストで紳士的で理想の男性像を確立したような完璧な存在。


そのアレス様が、現代に降臨なさっている。


「え、私死んだの?」

「・・・ブハッ」



この失礼な出会いが、私の人生を大きく変える事になる。




ひとしきり笑った後、アレス様の姿をした失礼極まりない男はこちらに向き直る。

「いやー、悪い悪い。急に死んだの?とか言うもんだから一瞬俺もここどこの世界線だっけ?とか思っちゃったじゃん」

まだ笑い足りないとでも言うように肩を小刻みに揺らしながらククッと笑うその笑顔に「顔がいい…」と呆気に取られるものの、あきらかに性格はアレス様とは違うと確信し、一気に怪訝な態度をとる。

「用がないなら私はこれで…」

私の貴重なアレス様との休日を邪魔してもらうわけにはいかない。
そう思い、そそくさと荷物を纏めて退散しようと試みるも、あっさりと行手を阻まれる。

「どこ行くの?」

グイッと肩を掴まれ、身動きが取れなくなった私を更に都合よく設置されていたベンチに誘導し、座らせる。

何が何だかわからないまま、荷物を両腕に抱えて座る私。
その横に座るアレス様姿の謎の男コスプレイヤー。

…本当に何この状況。


「今さ、そこで撮影やってたんだけど今日来るはずのカメラマンが渋滞で来られなくて困ってたんだ。三脚で撮ってもなんか味気なくてさ。だから…」

ズイッと距離を詰め寄られ、綺麗な顔が私の視界を占領する。
あ…アレス様…!!

「撮ってくんない?お姉さん」

ニコッと笑って私のカメラを指差す謎のアレス様風の男。

「俺の機材も好きに使っていいし。なんなら報酬だって出すよ」

じゃあすぐに取り掛かろう、といって準備を始める男に呆気に取られていたが、ここでようやく我に返る。

「え…いやいやいや、ちょっと待て!てゆーか私、やるなんて一言も…」

「やってくんないの?」

ふと立ち止まり、子犬のような瞳で助けを乞うような表情をして見せるアレス様…風の男。
ねぇ、それはさすがにずるいんでないか…!?


「い…あ…少しだけだからね…」

なんてツンデレのヒロインが吐きそうな台詞を吐くほど私の脳内は情緒が不安定になっていたんだと思う。

「十分!」

してやったり、とでも言いたげな顔をして、アレス様の装束をひらりと翻しこちらを振り返る。
一瞬でその姿、表情はアレス様そのものになっていて。

私は思わずカメラを構えることも忘れ、見惚れてしまっていた。


「おねーさん?なにボーッとしてんの」

しばらくして投げかけられた声にハッとする。

「・・・なんでもない。はーい、いきますよー」

手に汗が滲んでいるのが分かる。
人ってどうやって撮るんだろう?
ピントは人物に当てるのか?光の差し込む角度は…?
いつもぬいぐるみ相手に趣味程度に楽しんでいたあの感覚とは全然ちがう、“本物”を捉える感覚。
緊張感と同時にその身が高揚するような感覚に、頭が麻痺していくよう。

私のシャッターを切る音の数秒後に、次次とポーズを変えていくアレス様。
思わず綺麗といってしまいそうになるほどの迫力と色気を纏ったその人は、間違いなく私がいつも画面から眺めているアレス様の実写バージョンだ。

「はい、オッケー」

という掛け声とともに、一気に空気感がガラッと変わる。
緊張から解き放たれたように私の中のなにかが弾けた。
息をし忘れていた…と思うかのように動機が激しい。
一瞬だったような、すごく長い時間シャッターを切っていたような…。

「写真確認したいからちょっとカメラ貸してくんない?」

そういって私のカメラの真剣な表情でデータを確認していく。

「あ…ごめん、人物なんて撮ったことないから超初心者だし多分所々半目になってるかも…」

「半目!!?そんなの見つけたら即消去してやる」

より一層険しくなった眉間のシワに、全然アレス様じゃない…なんて思いながらも、でもさっきの感覚が忘れられなくてジッとその顔を見る。

「…おねーさん、本当にカメラ初心者?」

カメラを見つめたまま淡々と告げられる言葉に、一瞬戸惑う。
え、そりゃ、趣味程度なカメラ経験だしプロ並みに自信があります!!っていったら嘘も嘘だけど、1年は試行錯誤しながらこのアレス様ぬいを撮ってきたつもりだ。

「カメラ歴は1年ちょっとだけど…」

そういった私に、びっくりしたように目を見開きこちらを見る男。

「1年!!?え!!1年でこれ!!??」

え、まさかそんなに出来が悪い感じ?半目オンパレードでブチギレ?
それはそれで私が見てみたい・・・なんて思いながらちょっと内心笑ったが、どうやらそうではないらしい。

「1年でここまで撮れるなんて…おねーさん才能の持ち腐れすぎない?いい腕してんのに勿体無い…」

なんてまさかの大絶賛でこっちがビックリするまさかの展開。

「それはどーも…てゆーか、そのデータ一式あげるからもう私はこれで…」

撮ったんだから私はここにいる必要もないしなんか精神的にも肉体的にも疲れたし帰りたい…と思って親切心でデータのバックアップを取ろうとしたのにそのまま両肩を掴まれ動きを静止される。


「!!??」

「待って…逃がさない」


…は!!??
いやいやいや…どこの王道ラブコメ!?
なにこの状況?そりゃ、ここでバイバイしてまたばったり再開!とかなりでもしたら私にも王道ラブコメの世界線が存在したんだな…とか思っても良さそうだけど!
逃がさない…だと!!?怖すぎか!!


「今度の土曜日、空いてる?空いてるよね?絶対空けて。空いてるって言わなきゃ離さない」


突然の脅迫に心底ビビる私。

「いや、週末は私アレス様との約束があって忙しい身で・・・」

「じゃあ俺がアレス様になっておねーさんに1日独占させてあげる」

なんだと…!?
リアルアレス様を独占!?

「いや、私が好きなのはアレス様の外見も内面も完璧な紳士的な所であってあなたみたいな失礼な人ではないと言うか…」

ブツブツと言い訳を続ける私に、どんどん詰め寄る男。
これは側から見たら随分如何わしい光景だと思うのですが?



「…分かりました。では、私を姫の事を一日中お守りするナイトにしてくれませんか…?」



そう言って私の前に跪き、手の甲にキスを落とす。
その姿はまさしく私が求めていたアレス様そのもので。

「〜〜〜…!!ズルイ!!」

目の前がぐるぐるするほど刺激的な光景に、またクラクラする。
してやられた感が満載だけど、その後に彼が見せたニカっとした笑顔になにも言えなくなってしまった。


コスプレイヤーの男の子(しかも超絶ド級のイケメン)に出会っちゃいました…。




おまけ



「そーいえば、俺の名前は失礼な人って名前じゃなくて一条奏多だから」

「あー…それはどうもスミマセンネェ…」

そういえば言ったなそんな事。

「おねーさんは?教えてくれないと姫って呼ぶよ」

意地が悪そうな笑みを浮かべる一条くん。

「それはやめて。ハズすぎるから!遠藤春乃です」

「ふーん、普通」

「いや、名前にギャグセンス求めないでくださる?」